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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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38/62

㊱流転の國からの訪問者

その日、桜色の都を訪れたタンザナイトはマヤリィに言われた通り、シャドーレも驚くほどの魔術を披露し、ヒカル王を怖がらせた。

『流転の羅針盤』を携え、魔法陣を幾つも展開して発動されたそれはルーリとの実戦訓練でも使った複合魔術。前回は炎、水、風、雷の四属性だったが、今回は土系統魔術を加えた五属性。

というわけで、ヒカル王は図らずもタンザナイトが習得した最新の魔術を目にすることとなったのである。…彼にとって幸運かどうかは別として。

一方、その場に結界を張っていたシャドーレは『流転の羅針盤』を改めて注視していた。思えば、流転の國にいた頃はミノリと一緒にいることが多かったのに、彼女の魔術を見せてもらったことはほとんどない。基本的に書類仕事で忙しかったミノリは実戦訓練にも参加出来ないくらいだったし、折り入って見せて欲しいと頼んだこともないから、今の今まで『書物の魔術師』の本当の恐ろしさを知らなかった。

「…以上がわたくしの書物解析魔術になります。お楽しみ頂けましたでしょうか?」

あれだけ大規模な魔術を発動したにもかかわらず、タンザナイトは疲れた様子もなく、ヒカル王に微笑みかけた。

「は、はい…。じ、実に見事でした……」

声も震えているが身体も震えている。

「タンザナイト殿は…新しい顕現者ということでしたが、貴方も負けていられないですね、クラヴィス殿…」

そうクラヴィスに話しかけたヒカル王の目は『魔術はもういい』と言っていた。

「ええ。ご覧の通り彼女は強い魔術を次々と習得していますから、私もぼんやりしているわけには参りません。マヤリィ様のお役に立つ為にも、さらなる高みを目指さなければ…!」

「さすがはクラヴィス殿。適性は違えど、新しい魔術を習得する大変さは私もよく分かっています。惜しみなく努力を続けられる貴方のような配下をお持ちのマヤリィ様が羨ましくなりますよ」

ヒカルは恐怖から抜け出すことが出来たのか、ようやく笑顔を見せた。

(クラヴィス様って、魔力ないですよね?)

タンザナイトはそう思いつつ、ヒカルとクラヴィスの話を聞いていた。

すると、ヒカルの合図で結界を解いたシャドーレがナイトに近付いてくる。

「こうしてご挨拶するのは初めてですわね。私は桜色の都の黒魔術師シャドーレ。貴女にお会い出来て嬉しいですわ」

「お初にお目にかかります、シャドーレ様。わたくしは流転の國の女王マヤリィ様の配下にして『流転の羅針盤』を賜りし書物の魔術師タンザナイトと申します。以後、お見知り置きを」

もう自分の情報は全て伝わっているので、ここぞとばかりに強者感を出すタンザナイト。

「先ほどは強力な結界をありがとうございました。お陰で遠慮なく魔術を発動することが出来ましたよ」

他国の最上位黒魔術師を前にしても決して怖気付くことはないだろう、とマヤリィは予想していたが、逆にシャドーレが動揺している。

(五属性の複合魔術なんて初めて見ましたわ…。伝説に過ぎないと思っていましたが、実際に使える者が存在するなんて…)

しかも、それを使ってみせたのは目の前の若者である。

あの時は遠目で見ていたからよく分からなかったが、こうして近くで見ると予想以上に若そうだ。

「ところで貴女、歳は幾つですの?」

「はっ。19にございます」

「あら、陛下と同い年ではありませんか」

タンザナイトの年齢はあくまで『設定』だが、本物の人間として振る舞う以上、他にも色々な設定をマヤリィは用意した。シャドーレから質問攻めにされるのは想定済みだ。

「新しい配下と伺いましたが、いつ顕現なさったのですか?」

「マヤリィ様が貴国を訪問している最中のことにございました。玉座の間に突然現れたわたくしを迎えて下さったのはジェイ様にございます」

「そうでしたか。では、貴女が現れることをジェイ様はご存知だったのですね?」

「はい。わたくしが顕現する直前に魔力を感じたとおっしゃっていました」

「それは魔力値が高いゆえですわね。…顕現する前の世界に関する記憶はありますの?」

「いえ、ほとんどございません。元いた世界から引き継いだ記憶は名前だけでした」

「名前だけ、ですか…。では、その服装は流転の國に来てから賜ったものですのね」

「はい。シャドーレ様もご存知かと思いますが、流転の城内にある衣装部屋にてマヤリィ様が選んで下さった物にございます。髪型は…元々こんな感じでした」

「元々…?」

「はい。生まれつきと言いますか、ある意味これも元いた世界から引き継いだものなのでしょうね」

「…では、年齢はどうして覚えていますの?」

「マヤリィ様がわたくしの魔術適性を調べる為に『鑑定』を発動された結果、適性と同時に年齢も明らかになったとのことです」

シャドーレの質問に対し、淀みなく答えるタンザナイト。しかし、その言葉には『設定(うそ)』もふんだんに盛り込まれている。

二人が話し込んでいると、

「タンザナイト殿、先ほどは素晴らしい魔術を見せてくれてありがとう。貴女の魔力の強さは予想以上でした」

少し落ち着いたヒカル王が現れた。

すぐ後ろにはクラヴィスが控えている。

「勿体ないお言葉にございます、陛下。わたくしの魔術をご覧下さり、感謝申し上げます」

そう言って頭を下げるタンザナイト。

そこへ、シャドーレが口を挟む。

「…陛下、お聞きになりましたか?タンザナイト様は陛下と同じ19歳とのことですわ」

「そ、そうなのですか…?」

「はっ。先ほどシャドーレ様から伺い、畏れ多くも喜びを感じております」

タンザナイトはそう言って微笑む。

「そうですか、同い年ですか…!それは、親近感が湧きますね」

普段から周囲には侍従やシャドーレをはじめ歳の離れた者しかいないので、ヒカル王は嬉しくなった。

「タンザナイト殿、ぜひ貴女の話を聞かせて下さい」

「はっ。畏まりました、陛下。仰せの通りに」

「さぁ、こちらへ」

その時、ヒカル王はうっかりタンザナイトの手を引いた。細くしなやかな指はそれを拒まなかったが、

「あ、すみません…つい」

「いえ、お気になさらず」

馴れ馴れしくしてしまったことを反省するヒカルに、タンザナイトは優しげな微笑みで応じた。

それを見たヒカルは思う。

(マヤリィ様に似ている気がする…)

「タンザナイト様はどこかマヤリィ様に似ていらっしゃいますわね」

同じことを考えていたシャドーレが代わりに言った。

「マヤリィ様とわたくしが…でございますか?」

タンザナイトはそう言って首を傾げる。

その様子を見て、ますます似ているとシャドーレは思った。

「クラヴィス様はそう思いませんか?」

しかし、クラヴィスは首を横に振る。

「いえ、気のせいでしょう。一介の配下がマヤリィ様に似ているなど、畏れ多いことにございます。…ここが流転の國でなくて良かったですね、シャドーレ様」

「はっ。申し訳ございません」

珍しくクラヴィスに厳しい視線を向けられ、珍しくシャドーレはたじろぐ。

(ここが流転の國だったら…他の配下達の追及を免れなかった、ということですか…)

ヒカル王は思った。そもそも、本来ならば『マヤリィ様』の御名を軽々しく口にすべきではないのだ。

「大変失礼致しました、クラヴィス様、タンザナイト様。どうか、お許し下さいませ」

「はい。わたくしは畏れ多いとしか思っておりませんし、我が主に伝えることもしませんのでご心配なく」

シャドーレの言葉に淡々と応じるタンザナイト。

その声色からはいつもの彼女が垣間見えたが、気付いたのはクラヴィスだけだった。


「只今戻りました、女王様」

「長距離転移の宝玉を賜り、感謝致します」

流転の國に戻った二人は玉座の間に待機していたマヤリィに挨拶した。

「二人とも、ご苦労だったわ。…どうやら、ヒカル殿を怖がらせる大作戦はうまくいったようね?」

「はっ。タンザナイト様の魔術をご覧になった後、陛下はしばらく私の傍を離れませんでしたよ」

クラヴィスはそう言って笑顔を見せる。突然あんなのを見せられたヒカル王は可哀想だったが、迂闊にタンザナイトを招待した結果だと思うと、少しばかり面白かった。…クラヴィスさん、悪い顔してるよ。

「タンザナイトの方はどうだったかしら。シャドーレから色々聞かれたでしょう?」

「はっ。全て女王様がおっしゃった通りにお答え致しました。シャドーレ様は僕に対して『鑑定』魔術を使われませんでしたので、不信感を抱かれるようなことはなかったかと存じます」

高度な鑑定魔術ともなれば相手の発言の真偽を即座に確かめることも可能だが、シャドーレはそれを使わなかった。もしくは、使えなかったのかもしれない。

タンザナイトは途切れることなく続く会話の中、シャドーレが魔術を使っているかどうかまで探っていたらしい。

「さすがね、ナイト。貴女の魔術は流転の國にいた全員が感じ取っていたくらいだから、それなりに本気を出せたということかしら?…勿論、結界が壊れないように手加減はしたのでしょうけれど」

「はっ。シャドーレ様が予想以上に強力な結界を張って下さったので、Lv.3の複合魔術をお目にかけることが出来ました。お陰で、国王陛下には存分に恐怖を感じて頂けたかと思います」

(タンザナイト様、よそゆき顔でも怖かったな…)

帰還して挨拶した後、空気のようにその場に留まっているクラヴィスは二人の会話を怖々聞いている。

「それなら良かったわ。…本当にご苦労だったわね、タンザナイト」

「はっ。有り難きお言葉にございます、女王様」

タンザナイトが真顔で頭を下げると、マヤリィは不満そうに甘えた声を出す。

「…ねぇ、ナイト?まだ名前で呼んでくれないの?」

「…考えておきます」

桜色の都ではマヤリィ様って呼んでましたよ、とは言えないクラヴィスだった。

タンザナイトがマヤリィ様に似ているのは真実です。

真実ですが、口に出してはいけないのです。


それにしても『ヒカル殿を怖がらせる大作戦』って…。

マヤリィ様、何か気に入らないことでもありましたか?

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