㉟桜色の都からの招待
「…シャドーレったら、しっかりナイトのことを観察していたのね」
ある日、桜色の都から書状が届いた。
端的にいえば『貴國の新しい魔術師殿をお招きしたい』ということだった。恐らく、タンザナイトのことだ。
因みに、今この場にルーリの姿はない。今日は第7会議室のバージョンアップを命じられ、まだ玉座の間に戻ってきていないのだ。
「畏れながら、女王様。シャドーレ様とは、桜色の都の方ですよね?以前、ラピス殿と僕の実戦訓練を見学されていた、背の高い女性だと記憶しています」
タンザナイトの方も、シャドーレのことをよく見ていたらしい。
「ええ。貴女の記憶は正しいわ」
マヤリィはそう言うとため息をつく。
あの時、下手に新顔とか名前とか教えるべきではなかった。
「友好国とはいえ、こちらの戦力を探られるのは気持ちのいいものではないわね。…やはり、万が一の場合に備えてルーリを国家機密にしたのは正解だったわ。桜色の都が我が國に害を成すことはなくても、他にどんな脅威があるか分からないし、どこから情報が漏れるか分からないもの」
「…姫、貴女のやり方は厳しすぎるようにも思えましたが、そういうことだったんですね」
ジェイはようやく理解する。いくら流転の國が強いとは言っても、いつどこから予想外の出来事が降ってくるのか分からないのだ。事実、天界からの侵略者に仲間を殺された過去がある。
「貴方、本当に分かっていなかったの?私は最初から『ルーリ』の存在を外部に知られるようなことはしなかったわ」
マヤリィはやっと理解したらしいジェイを見て、再びため息をつく。
「…まぁ、タンザナイトの存在がヒカル殿に伝わってしまったのは良いことにしましょう。問題は、招待を受けるかどうかということね」
「女王様。それは、しらばっくれてラピス殿を行かせるという手もあるということですか?」
「ちょっと、タンザナイト様…!」
女王に対して相応しくない物言いをするナイトを怖々止めるラピス。
しかし、マヤリィは逆にそれを面白がって聞いていた。
「ふふ、確かにそういう手もあるわね。『新しい配下』という意味ではラピスも該当するし、書状にはタンザナイトの名前も〇〇の魔術師とも書かれていないから、しらばっくれることは可能よ」
それを聞いたナイトは頭を下げる。
「大変失礼致しました、女王様」
「いいのよ。今日はこの件について話し合う為に集まってもらったのだから、思い付いたことは何でも言って頂戴」
ここにルーリがいたら怒っただろうが、マヤリィはナイトの言葉遣いを心から楽しんでいた。
「畏れながら、マヤリィ様。仮に、タンザナイト様を桜色の都に行かせることになりましたら、私も同行させて頂けませんか?」
次に発言したのはクラヴィスだった。彼は『桜色の都の英雄』と呼ばれ、ヒカル王とも懇意にしている。
「それは良い考えね。貴方は西の国境線にも行っているし、何より貴方の姿を見ればヒカル殿が喜ぶでしょうから」
マヤリィはそう言って微笑む。
「…では、やはり先方の期待通りタンザナイトを行かせるか、それともラピスを行かせるか、ということが問題になりますね」
ジェイが言う。どちらを選んでも、マヤリィはクラヴィスを同行させることだろう。
「結局はそういうことになるわね」
マヤリィは頷くと、
「…ナイト。桜色の都に行く件に関して、貴女はどう思っているのか聞かせて頂戴」
当人に直接聞く。
しかし、ナイトは真顔でこう答えた。
「申し訳ないですが、今は何とも申し上げられません。僕が桜色の都の国王陛下に謁見するなど、思ってもみないことでしたから」
皆はナイトの言葉をハラハラしながら聞いているが、マヤリィは素直に頷く。
「…それもそうね。っていうか、なぜヒカル殿はナイトに興味を持ったのかしら。それだけシャドーレが貴女を見ていたってことよね…?」
マヤリィはどうしたものかと頭を抱える。
タンザナイトはどう見ても外交向きではないし、そもそも流転の國から出すつもりはなかった。かと言って、西の国境線に行っただけで何もせず帰されたラピスもヒカル王には会っていない。
「確かにラピスを行かせる手もあるけれど、貴女も外交向きではないわね…」
「はっ。お役に立てず申し訳ございません、ご主人様」
ラピスはそう言って頭を下げる。…別に謝る必要はないのだが。
その時、
「分かりました、女王様。僕は決めましたよ」
タンザナイトがマヤリィの目を真っ直ぐに見る。
「桜色の都の国王陛下が僕にお会いしたいとおっしゃるなら、受けて立ちましょう。そして、我が流転の國の底知れぬ強さを『新しい配下』という立場から見せ付けて参ります」
何やら好戦的になってきた。
(本当に大丈夫かな…)
ジェイは心配になるが、マヤリィは満足そうに頷く。
「よく言ったわ、タンザナイト。それでこそ我が國の将来有望な『新しい配下』よ。せっかくだから、シャドーレも驚くほどの魔術を披露してご覧なさい。外交面は全てクラヴィスに任せて、貴女は若き魔術師として存分に国王陛下を怖がらせてあげるがいいわ」
マヤリィ様も好戦的になってきた。
「桜色の都に転移する前に、貴女にはヒカル殿とシャドーレの情報を全て伝えましょう。お互い様よね」
ヒカル王がシャドーレを寄越した目的の一つに『流転の國の視察』という項目があったことに気付いたマヤリィは、内心とても気に入らなかった。実戦訓練を見に来ることまでは想定していたが、予想以上に情報を与えてしまった。
「…姫、桜色の都は友好国ですよね?」
ますます心配になってきたジェイが恐る恐る訊ねる。
「当たり前でしょう?だからこそ、私の配下には強者しかいないと印象付けるのよ。シャドーレという黒魔術師が欠けても、優秀な魔術師を喪っても、我が國の強さは変わらないということをね」
最上位黒魔術師ネクロが死んだことも、書物の魔術師ミノリが『異世界転移』によって姿を消したことも、シャドーレは知っている。
「さぁ、作戦会議よ。タンザナイトは少しだけでいいから愛想良くして頂戴。…よそゆき顔の作り方に関しては、ルーリに学ぶといいわ」
しかし、
「はっ。畏まりました、女王様。流転の國の代表となったつもりで、桜色の都の国王陛下にご挨拶して参ります。どうか、わたくしに全てお任せ下さいませ」
その瞬間、タンザナイトは優しい笑みを浮かべ、マヤリィにそっくりの美しい声で、文字通り『よそゆき顔』を作ってみせた。
「…と、こんな感じでいいですか?僕の服装に関しては、ルーリ様に後でご相談致します」
皆が呆気に取られている中、すぐにいつもの顔と話し方に戻るタンザナイト。
それを見て、最初に微笑んだのはやはりマヤリィだった。
「ふふ、完璧ね。さすがは私の娘といったところかしら。本番でもよろしく頼むわよ?」
よそゆき顔も出来るタンザナイト嬢。
マヤリィ様はすっかり自分の娘だと思って可愛がっています。
いつの間にかヒカル王からの招待状が果たし状扱いになっている…。




