表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/62

㉚シャドーレとヒカル

その日、マヤリィは玉座の間に集まった配下達に言った。

「今朝、桜色の都から書状が届いたわ。西の国境線に関する政策は順調に進んでいるようね」

これは桜色の都の問題であるとして、戦闘要員が必要ないと分かってから早々に引き揚げてきた流転の國の派遣チーム。

「ヒカル殿は相変わらず多忙らしいけれど、私達も少なからず関わってしまったから、政策の進捗状況について報告しに来てくれるとのことよ」

「畏れながら、マヤリィ様。どなたがいらっしゃるのでしょうか…?」

多忙だという国王自ら流転の國に赴くとは思えないが、それでもクラヴィスは期待してしまう。

「来るのはシャドーレよ。彼女はもはや『桜色の都のNo.2』と言っていい。陛下の代理として申し分のない人選ね」

かつて流転の國でマヤリィに仕えた彼女は、故郷に戻ってからヒカル王直々に黒魔術師部隊『クロス』の特別顧問という最高職を与えられた。さらに、実家の爵位が上がって公爵家となった後で『クロス』の隊長ウィリアムを婿養子に迎えたことにより、彼女は公爵夫人と呼ばれる身分になった。

他の追随を許さない魔力の強さと高貴な美しさを併せ持つ彼女は、桜色の都で最も国民に慕われている魔術師であるという。いまだに男尊女卑の風潮が残る桜色の都だが、それを変えるべく改革を推し進める若き国王は彼女を国政に参加させることで、一気に風向きを変えようとしている。実際、王都の魔術学校に女子学生が増えているというデータもある。

「そのうち『クロス』に二人目の女性魔術師が入隊することになるかもしれませんね」

ヒカル王はシャドーレにそんな話をすることがある。

…そう。いまだに『クロス』の隊員はシャドーレを除く全てが男性なのだ。

「陛下のおっしゃる通りですわね。されど、並みの実力では『クロス』の訓練にはついていけませんわ」

シャドーレは言う。『クロス』に入るには、魔力値だけでなく体力や精神力の強さも必要となるし、仮に入隊が許されたとしても訓練についていけなければ除隊勧告が下される。

「入隊資格に関しては、貴女やウィリアム隊長にお任せしますよ。私は魔術学校の黒魔術科で成績の良かった学生を紹介するだけです」

それからヒカル王は急に表情が和らいで、

「…ところで、貴女は知っていますか?」

微笑みながらシャドーレに訊ねる。

「畏れながら、何のことでございましょうか?」

「最近の魔術学校の女子学生の髪型についてです」

「髪型…?」

シャドーレは首を傾げるが、ヒカルは面白そうに言う。

「以前は当然のようにロングヘアの娘しかいませんでしたが、最近は短髪が流行していると聞いています」

「それは…もしや私のせいですの?」

「はい。貴女は黒魔術師を目指す女性の憧れですから」

かつてはシャドーレも腰を超える長さの美しい髪の持ち主だったが、今は亡きダーク隊長の手を借りて断髪し、それ以来ベリーショートを保っている。

「あら…。私は例外と致しましても、貴族の娘にとって長い髪の毛はとても大切なものでしょうに」

シャドーレはそう言いながら自身の短い髪に触れる。ウィリアムと結婚し、公爵夫人となった後も彼女のヘアスタイルは変わらない。前髪を分け、耳につかないほど短く切り、後頭部は男性のように刈り上げている。高身長と凛々しい美しさも相まって、彼女が『男装の麗人』と呼ばれる理由の一つである。

「されど…ロングヘアをバッサリと切り落とした時の解放感はそうそう味わえるものではありませんし、後で悔やむことになったとしても髪を刈り上げる快感を知るのは悪くないと思いますわ。…私は髪を切って後悔したことはないのですけれど」

シャドーレはそう言って嬉しそうに微笑む。

「主人も私の好きな髪型にすれば良いと言ってくれますの。やはり、そういった自由を認められるのは嬉しいですわ。特に、愛する殿方に自分を受け入れてもらえるのは女として幸せなことだと思います」

断髪の公爵夫人はさらっと惚気ける。

「そ、そうですね…。私は桜色の都を自由で平等な国にしたいと思っています。…中でも、今まで抑圧されてきた女性の自由を尊重するべきだと考えます」

ヒカル王はシャドーレの言葉を必死で受け止めようとする。

(シャドーレ…。やはり、貴女はウィリアムと結婚して幸せなのですね…)

何とかしてシャドーレを王妃に迎えたいと思っていたヒカル王だが、18という年齢差に阻まれ、結局プロポーズも出来なかった。

それでも、シャドーレが自分に仕えてくれるだけで有り難いと思っている。彼女なくして桜色の都の改革は成り立たないとさえ感じている。

ヒカル王は少し話題を移して、

「正直な話、時々貴女のヘアスタイルが羨ましくなります。私は男ですが、いまだに髪を刈り上げたことがありませんので」

前国王のツキヨは長い髪を後ろで一つに束ねていた。ヒカル王はそこまでではないが、男性としては長めの髪型である。

「あら、陛下がそんなことをおっしゃるなんて。…王宮の理髪師に命じて短くなさってはいかがですか?」

思いがけないヒカルの言葉にシャドーレは不思議そうな顔をする。

「貴方様ならば、どんなヘアスタイルをお望みになっても許されますわ」

(陛下が御髪を短くなさったらどのようなお姿になるのかしら…)と内心シャドーレは興味を持つが、

「いえ…。どうも私には短髪が似合わない気がして…」

羨ましいと思いつつ、刈り上げることに抵抗を感じているらしい。

「…では、内側だけを刈り上げて長い髪を被せておくというのはどうでしょうか?」

シャドーレさん、国王陛下にツーブロックを勧めないで下さい。

「畏れながら、陛下。刈り上げは気持ちが良いですわよ?ふふっ♪」

「そ、それは…貴女を見ていれば何となく分かりますが…。どうにも勇気が出ません」

ヒカルはそう言うと、軽く咳払いした。

「…ところで、シャドーレ。貴女に頼みたいことがあります」

「はっ。何でございましょうか?」

髪型の話に浮ついていたシャドーレは急に真面目な顔になる。

「西の国境線の問題は、マヤリィ様のお陰で知り得たことです。桜色の都が対処しなければならない事案であるがゆえに逐一ご報告することもありませんでしたが、政策が順調に進んでいる今、現況をマヤリィ様にお知らせしたいと思っています」

ヒカルは言う。

「本来ならば私が流転の國に赴いてお伝えするべきなのでしょうが、此度は貴女にお願いしたい。国王の代理として、貴女以外に相応しい人物はいません」

政策は順調だが、依然として国王が多忙なことに変わりはない。それに、流転の國を訪ねるのは自分よりもシャドーレが適任なのではないかとヒカルは思った。

「明日にでも流転の國に書状を送る予定です。…シャドーレ、行ってくれますね?」

「はっ。畏まりましたわ、陛下。直接マヤリィ様にお会いして、政策の進捗状況をご報告し、改めて感謝の意をお伝えして参りたいと存じます」

…というわけで、シャドーレが流転の國を訪れることが決まった。

「ふふ、楽しみね。私は時々彼女の顔が見たくなるのよ」

マヤリィは書状を手に、嬉しそうな微笑みを浮かべる。

そこへ、ルーリが聞く。

「畏れながら、マヤリィ様。シャドーレを迎える際には私も同席させて頂きたいと存じますが、お許し頂けますでしょうか?」

しかし、シャドーレは『ルーリ』という存在を記憶から消されている。

「そうね…。少し考えさせて頂戴」

二人を会わせるわけにはいかないので、マヤリィは明言を避けた。

(その日、ルーリには別の命令を与えておきましょうか)

自身が流転の國の『国家機密』であることは知っているが、この場所で一緒に過ごし、実戦訓練を行ったり語り合ったりしたシャドーレが自分を忘れたとは夢にも思っていないルーリ。

(ごめんね、ルーリ。たとえシャドーレであろうと、流転の國以外の者に貴女の存在を知られるわけにはいかないのよ…)

シャドーレが故郷である桜色の都に留まると決めた時、マヤリィは彼女の記憶の中からルーリに関する全てを『消去』した。その為、ルーリの方はシャドーレを覚えているのに、シャドーレはルーリのことを全く覚えていないのだ。

そこまでしてルーリの存在を秘匿する理由はジェイにも分からないが、流転の國の女王は決して『切り札』を外部の者に知らせることはない…。

貴族の娘として生まれたシャドーレは『クロス』を結成してからも長年ロングヘアを保ってきました。

しかし、当時の隊長ダークの短髪を見て、周囲の隊員達の短髪を見て、次第に自分の髪を煩わしく思うようになります。

「私、ずっとダーク様の髪型に憧れていましたの。涼しそうでいいなって」(『流転の國 vol.1』参照)

その後、彼女は刈り上げベリーショートへと変貌を遂げました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ