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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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29/63

㉘決着

ルーリ様。

僕が死んだら、泣いてくれますか…?

「正直、私がここまで追い詰められるとは思わなかったよ…」

「ありがとうございます。それ、褒め言葉ですよね?」

タンザナイトの『複合魔術』を皮切りに始まった実戦訓練。

その後、雷系統魔術で応戦したルーリだが、タンザナイトはラピスとは比べ物にならないほど強い。

「…まぁ、僕も白魔術を発動する力は残っていませんから、後は持久戦ですね」

白魔術書を開けば回復魔法が使えるのだが、魔力があまり残っていない今は発動した途端に自滅しそうだ。

「お前を泣かせてみたかったが…どうやらそのポーカーフェイスを崩せそうにないな」

「ルーリ様こそ、泣いたりするんですか?見てみたいです」

「諦めろ。私は泣かない」

「では、僕が死んでも、泣いてくれないんですか?」

「ちょっと待て。そういう話は反則だぞ。…想像したら泣きたくなってきた」

二人して魔力が枯渇してきたので、対峙しているように見えて会話が九割である。

しかし、それがマヤリィにバレないはずもなく。

「二人とも、真面目にやりなさい!これ以上無駄話を続けるようなら私が参戦するわ!」

「申し訳ございません、マヤリィ様!」

「最後まで頑張ります、女王様!」

結局のところ勝利したのはルーリだが、最後までタンザナイトを泣かせることは出来なかった。

「ルーリ様、本日はありがとうございました」

「ああ。こちらこそ、久々に実戦訓練が出来て良かったよ」

そう言葉を交わし、二人は握手した。

マヤリィはその様子を満足そうに見ながら、

「ルーリ、タンザナイト、ご苦労だったわね」

二人の健闘を讃えた。

かと思うと、

「…ルーリ。念の為に言っておくけれど、魅惑を使ってナイトを啼かせたら許さないわよ?」

「はっ。私が魅惑にかけたい御方はお一人にございます。それがどなたかは…ご存知であられますよね?」

「ええ。貴女のこと、信じているわよ」

「はっ!」

ルーリはタイミングを見計らってタンザナイトを第2会議室に連れ込もうと思っていたが、マヤリィに釘を刺されてしまった。

「畏れながら、何の話でしょうか?」

「ナイトを泣かせたら許さないって話よ」

「大丈夫です、女王様。僕はそう簡単には泣きませんから」

満身創痍でも真顔のタンザナイト。

それが意図したものであるのか、感情を表に出すのが苦手なのかは誰にも分からない。

「…では、貴女は部屋に戻って休みなさい。ルーリは私と一緒に来て頂戴」

今、流転の城には二人のホムンクルスの為の部屋がある。

桜色の都の脅威が去った後、ラピスにも部屋を与えようと考えたマヤリィは、その後すぐに造り出したタンザナイトと同室にしたのだ。

「マヤリィ様、ナイトをカフェテラスに誘わなくてよろしかったのですか?」

二人が休憩しているのはお決まりの場所。

そこは潮風の吹くカフェテラス。

「ええ。ナイトは…飲み物を口に出来ないの」

「…そうでございましたか」

「なかなかホムンクルスを造るのも難しいわね」

寂しそうな顔をするルーリに、マヤリィは言う。

「ラピスも同じよ。人間と変わらない姿をしてはいるけれど、彼女達は人間ではなく『宙色の魔力』を使って私が造り出した『物』。とはいえ、もはや『仲間』になってしまったわね」

「はっ。ラピスラズリもタンザナイトも心を持っております。…それは貴女様が設定されたことではないのですか?」

「ええ。本物の人間と変わらない言動や行動が出来るようにはしたけれど、彼女達がどんな感情を抱くかまでは予想していなかったわ。重要なのはミノリやネクロのポジションを引き継ぐことが出来るだけの魔力値や耐久性。そして、私を主と認識し、確実に命令をこなす実行力よ」

マヤリィは言う。

「…まぁ、ラピスよりも後に造ったという都合上、タンザナイトの方が完成度が高いのは仕方ないわね」

しかし、当初予定していた性別とは違っていた、とは言わなかった。

「確かに、タンザナイトは魔力値だけでなく色々と強そうにございますね」

マヤリィに指摘されても『女王様』と呼び続け、他の配下達に対しても堂々と振る舞っている。ルーリを前にしても臆することなく、ラピスとの会話に至ってはどちらが姉だか妹だか分からなくなる。

「ラピスはタンザナイトを様付けで呼んでおりました。ナイトの方は時折『姉上』と言っていましたが」

「ふふ、ラピスは怖がりで引っ込み思案なところがあるものね。…そういう性格はどこから来るのかしら」

「私には分かりかねますが…ナイトは度胸があるというか、なかなかに肝が据わっておりますね…」

ルーリはそう言ってから、

「されど、稀に可愛らしい顔を見せるのです。先ほども戦闘の最中に…」

『「では、僕が死んでも、泣いてくれないんですか?」』

あの時のナイトはとんでもなくあざと可愛かった。

「ええ、聞いていたわ。設定した覚えはないのに、あのあざとさは一体どこから来たのかしら。…ねぇ、ルーリ?」

その瞬間、

(…あ、あれはマヤリィ様由来だったのか)

ルーリはそう思ったが、微笑みで誤魔化した。

「はっ。とても不思議なことにございますね」

「…ね。本当に、誰に似たのかしら」

(いや、どう考えてもマヤリィ様です)

しかし、これ以上『企業秘密』に触れるのも憚られるので、ルーリはそれ以上『双子』の話はしなかった。


一方、部屋に戻ったタンザナイトはラピスと話をしていた。

「…そうでございましたか。タンザナイト様はあのルーリ様と互角の戦いをなさったのですね」

「いえ、ルーリ様は僕の実力を測る為に手加減なさっていたんだと思います。考えてもみて下さいよ。僕なんかがルーリ様に敵うわけないでしょう?」

「そ、そうですよね…」

タンザナイトにそう言われ、ラピスはあっさり納得した。

実際、ルーリは本当に追い詰められていたのだが。

「ルーリ様の魔術は本当に素晴らしいものでした。…姉上も初めての実戦訓練ではルーリ様にお相手して頂いたんですよね?」

しかし、ラピスは首を傾げる。

「たぶん、そうだと思います…」

「覚えてないんですか?」

「はい…。恐らくはルーリ様の雷魔術が凄すぎて…」

まぁ、間違ってはいない。

タンザナイトはそれを聞くと、ラピスラズリに宣戦布告した。

「今思い付きました、姉上。…いえ、ラピス殿。僕と実戦訓練をしませんか?」

「わたくしが…タンザナイト様と実戦訓練を…?」

途端にラピスは怯えた顔になる。

「今は無理です!せめて、わたくしがまともに『悪神の化身』を使えるようになってからにして下さい…!」

「僕も『流転の羅針盤』を使いこなせてるとは言い難いですけど…」

ナイトは説得を試みたが、結局ラピスが首を縦に振ることはなかった。

タンザナイトのあざと可愛さはどこから来たんだ?

…あ、マヤリィ様に似たのか。

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