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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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㉕流転の星杖

その日、シロマの自室謹慎は解かれ、数週間振りに玉座の間へ『転移』することを許された。

マヤリィは例によって長い挨拶を聞かされてから、『ダイヤモンドロック』とは違う魔術具をシロマの前に置く。

「本日より魔術の使用を認める。通常業務に戻り、流転の國の為に力を尽くしなさい」

「はっ!畏まりましてございます。ご主人様の御為、流転の國の御為、再び魔術を使わせて頂けることを嬉しく思っております。貴女様のご期待にお応え出来るよう、我が力の限りを尽くすことをお約束致します。そして、どうか今一度、貴女様に絶対の忠誠を誓うことをお許し下さいませ」

(台詞長いわね……)

早くも疲れてきたマヤリィだが、微笑みながらシロマの気持ちに応える。

「ええ。期待しているわよ、シロマ」

「はっ!」

シロマは頭を下げた後、ようやく目の前に置かれた魔術具を見る。

「畏れながら、ご主人様。こちらの魔術具は…?」

それは『元いた世界』から運命を共にしてきた『ダイヤモンドロック』ではなく、見知らぬマジックアイテムだった。

「これは『流転の星杖』。本来ならば、流転の國に顕現後すぐに貴女が受け取るはずだった白魔術のマジックアイテムよ」

マヤリィは言う。

「これから先、貴女にこの流転の星杖を使ってもらいたいと思っているの。受け取って頂戴」

しかし、その言葉を聞いたシロマは動揺を隠せない。

「畏れながら、ご主人様。私はダイヤモンドロックがあってこその白魔術師にございます。それに…」

「控えろ、シロマ。マヤリィ様のお言葉はまだ終わっていない。…まさかとは思うが、反論するつもりではないだろうな?」

シロマの言葉を遮ってルーリが言う。

このままシロマが話し続ければ、確実に数週間前と同じ展開が待っている。マヤリィは自分の言葉に素直に従おうとしないシロマに対し、怒りを秘めた微笑みで接することだろう。

「マヤリィ様。貴女様の御前で大変失礼致しました」

ルーリはシロマを黙らせると、すぐにマヤリィに謝罪した。

「いいのよ、ルーリ。私も同じことをシロマに言おうとしていたから」

マヤリィは優しく穏やかな声でルーリに言う。

恐怖の時間はルーリの言葉によって回避された。

…と思いきや。

「シロマ。今の言葉を聞く限り、貴女はダイヤモンドロックでなければ魔術を使えないとでも言うのかしら」

やっぱり魔力圧がかかる。玉座の間に罅が入りそうな恐ろしい空気が広がっていく。

マヤリィは出来れば早く話を終わらせたかったが、そういうわけにもいかなくなってしまった。

因みに、今日はシロマの謹慎が解ける日ということもあり、玉座の間には全員が集合している。

当然ラピスも呼ばれ、今は後ろの方に控えているのだが、初めて感じる恐ろしい空気に触れて怯えていた。

その時、

《…ラピス。怖がることはない。マヤリィ様のお怒りはお前に向けられているわけではないからな》

《ルーリ様…!?》

ラピスは突然の『念話』に驚く。

《大丈夫だ。マヤリィ様には聞こえていない》

《そうなのですか…。ルーリ様、わたくしはどうしたら良いのでしょう…?》

《そのまま動かず、何も言わず、この時間が終わるのを待てばいい。…安心しろ。もう一度言うが、お前が怒られているわけではないんだ》

ルーリは怖がるラピスに優しく言い聞かせる。

《分かりました、ルーリ様。ありがとうございます…!》

ラピスは感情が顔に出ないよう気を付けながらルーリに感謝する。

《貴女様はいつもわたくしを救って下さいますね…》

《いや、救われているのは私の方だ》

そんな念話の間も、恐怖の時間は続いている。

「この國に顕現した以上、本来は『流転』と名の付く魔術具を使うのが基本よ。魔術適性によっては、私が後から用意する場合もあるけれど」

マヤリィは氷のような視線をシロマに向けながら、静かな口調で話している。

「これを宝物庫で見つけたのは最近のことだし、貴女に渡すべき物だと気付くまでに時間がかかって悪かったと思っているわ。…でも、一つのマジックアイテムしか扱えないなんて、魔術師としては失格よ」

以前『砂の王国』のステラに授けようとしていた魔術具だが、本当にこれを使うべきなのはシロマだと気付いたのだ。

「はっ。申し訳ございません、ご主人様。貴女様のご期待にお応えすると言っておきながら、貴重な魔術具を受け取ることを躊躇った非礼を深くお詫び致します」

シロマはもう何も言い訳することなく、深く頭を下げた。

「…シロマ、難しく考えないで頂戴。今すぐに『流転の星杖』を使いこなせなんて言わないわ。このマジックアイテムは貴女にこそ相応しいと思ったから、持ってきたのよ」

マヤリィは(今更だけどシロマの扱い方ってこんなに難しかったかしら…)と思いつつ、話を続ける。

「それに、二度とダイヤモンドロックを使ってはいけない、なんて言ってないでしょう?」

そう言ってアイテムボックスからダイヤモンドロックを取り出し、シロマに手渡す。

「ネクロも二つの魔術具を持ち、それらを適切に使い分けていたわ。…貴女にも出来るはずよ、シロマ」

今は亡きネクロは『青い靄の杖』と『悪神の化身』という二種類の魔術具を所持していた。さらには『隠遁のローブ』を普段から着用するなど、流転の國で一番マジックアイテムを有効活用していた人物と言える。

「ありがとうございます、ご主人様。貴女様にお仕えする者として、必ずや二つのマジックアイテムを扱える魔術師となることをお誓い申し上げます」

…この台詞を聞くまで長かったね、マヤリィ様。

「ええ。貴女を信じているわよ」

「はっ!」

こうしてようやくシロマに新しい魔術具を渡し、ダイヤモンドロックを返すという簡単な作業が終わった。

なんでこんなに時間がかかったのだろう…。

《もう疲れたわ!帰っていいかしら?》

《待って下さい、姫!まだ会議を終わらせるわけにはいきませんよ!》

マヤリィは玉座の間を元通りにすると、ジェイにキャパオーバーの『念話』を送った。

しかし、まだ皆に話さなくてはならないことがある。

《…分かりました、姫。ここから先は貴女の代わりに僕が司会進行を務めます。ルーリにも協力してもらいますから、貴女は玉座に座っていて下さい》

出来れば休憩を挟みたいが、姫の精神状態を考えると早く会議を終わらせるべきだとジェイは判断した。

《…ありがとう、ジェイ。『あの子』のことは貴方もよく知っているはずだから助かるわ》

マヤリィはそう言うと、

「皆、聞いて頂戴。これから私の新しい配下を紹介するわ。…ジェイ、説明を頼むわよ」

「はっ。畏まりました、マヤリィ様」

ジェイが表向きの顔を作って恭しく頭を下げると、マヤリィは玉座の間の外に待機していた人物を呼ぶ。

「待たせて悪かったわね。中へ入りなさい!」

どうしても余計なことを言ってしまう今作のシロマさん。

マヤリィ様は『流転の星杖』を渡したかっただけですが、(出す順番間違えたかしら…)と後で思いました。


依然として精神状態が不安定なマヤリィは、平静を装うと思えば思うほど、それが静かな怒りとなって凍り付くような魔力圧発生→玉座の間に罅状態に陥ります。


一方、恐怖を感じて怯えているラピスを気遣うルーリさんは本当に彼女のことを大切に想っているようです。

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