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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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㉔逆鱗

マヤリィ様のお言葉には素直に従いましょう。

たとえどんなに軽い罰が下されようと、決して異を唱えてはなりません。

桜色の都でウィルとメアリーが久々の休日を楽しんでいる頃…。

流転の國では、ようやくシロマの自室謹慎が解かれようとしていた。

シロマはver.悪魔変化のルーリに精神病の恐ろしさを叩き込まれた後、玉座の間で待機するよう命じられ、次の日になってようやくマヤリィと対面することが出来た。

マヤリィは気が進まなかったが、ルーリもジェイもクラヴィスも、そしてラピスでさえシロマが犯した罪を知っている手前、何らかの罰を与えなければならないことは分かっていた。

(こういう時は女王という立場にあることが嫌になるわね…)

そう思いつつ、シロマと向き合ったマヤリィは彼女を叱ることもなく、淡々と話を始めた。

「此度の一件について、私は貴女を許したいところだけれど、それでは皆も貴女自身も納得出来ないことでしょうね」

マヤリィは言う。

「…だから、私は流転の國の女王として、貴女に罰を与えるわ。今から言うことをよく聞きなさい、シロマ」

「はっ。どうか、罪深い私に相応しい罰を下さいませ」

シロマは女王の前に跪き、深く頭を下げる。

「貴女には当面の間、自室謹慎を命じる。その際、所持している魔術具、魔術書、宝玉等は全て預からせてもらうわよ」

「っ…。畏れながら、ご主人様。それでは私を罰したことにはならないのでは…?」

本来ならば考えられないほど軽い罰に、シロマは思わず口を挟んでしまう。

その瞬間。

「シロマ。私は貴女に、今から言うことをよく聞きなさいと言ったわよね?」

マヤリィの殺気立った魔力が部屋一面に広がっていく。城の中で一番強固なはずの玉座の間に罅が入る。マヤリィの隣に控えているジェイとルーリでさえ恐怖を感じるほど、その場の空気は女王の怒りで満ちていく。

「…私、きちんと話を聞いてくれない人は好きではないのだけれど」

凍り付いた空気の中で、マヤリィだけが何事もないように話し続ける。

「貴女もそれを知っているはずよね?…それとも、私の声が小さくて聞こえなかったのかしら?」

マヤリィは真顔で話している。

端から見れば、とても怒っているようには見えない。

なのに、怖すぎる。

「…ルーリ、聞かせて頂戴」

「はっ。何でございましょうか、マヤリィ様」

とんでもない空気の中、突然話しかけられたルーリは、身体の震えを必死に抑えながら答える。

「やはり、私の声は小さいのかしら。元々気にしてはいたのだけれど、これでは常に『拡声』魔術を発動しなければならないわね」

「いえ…。畏れながら、マヤリィ様。その必要はないかと存じます」

ルーリはそう言うのが精一杯だった。

「それならいいわ。…ありがとう、ルーリ」

「はっ。勿体ないお言葉にございます」

そして再びマヤリィはシロマを見るが、その視線は彼女を貫くように鋭く光っている。

「…で、実際はどうなの?私の声は聞こえた?」

「はっ。…確かに拝聴致しました」

シロマはマヤリィの眼差しから逃れられず、恐怖を抱えたまま、震える声で答える。

「本当ね?」

「はっ!」

「…それなら、黙って従って頂戴。いい?もう一度言うわよ?」

マヤリィは魔力圧を強めながら言う。

「貴女への罰は、自室謹慎とアイテムボックスの没収。…分かったかしら?」

「はっ!畏まりましてございます!」

シロマはそう言うと『ダイヤモンドロック』をはじめ、魔術書や宝玉やその他のアイテム全てをマヤリィの前に差し出した。

それを受け取ったマヤリィは指を鳴らし、一瞬で自分のアイテムボックスに移す。

「それから、貴女にはこれを」

「はっ。こ、これは…!?」

いつの間に装着したのか、シロマの腕と首には魔術具が付けられている。

「その首飾りを装着している間、貴女は『念話』も『空間転移』も使えない。腕に嵌めたのは『自傷不可』のアイテムよ」

「っ…」

シロマが玉座の間で待機している間、ご主人様と同じ痛みを感じる為に自傷行為に及ぼうとしていたことはラピスから聞いて知っている。

『「畏れながら、シロマ様。そんなことをなさってはいけないと思います。わたくし達が命じられたのは待機することのみにございます」』

あの時のラピスの言葉を思い出すシロマ。

「私がルーリの悪魔変化を解く為だけにラピスを行かせたと思っていたなら大間違いよ。貴女が罪を重ねることのないよう、念の為に監視するよう命じていたの」

…とは言っても、実際ラピスにその『お願い』をしたのはルーリだが。

まさか自傷行為未遂の一件をラピスが報告していたとは思わず、シロマは肩を落とす。

私はどこまで罪を重ねてしまうのだろう。

しかし、それ以上マヤリィが追及することはなかった。

気付けば、玉座の間の罅は消えている。

凍り付くような空気も消えている。

マヤリィの表情も和らいでいる。

「時々こちらから念話を送るし、貴女の部屋にも行くつもりよ。…けれど、どうしても寂しかったら一人で泣いてね」

微笑みながら意地悪なこと言うマヤリィ様。

《マヤリィ様、怖ぇな…》

《姫をここまで怒らせるなんて、ある意味シロマは凄いね…》

玉座の傍に控えているジェイとルーリは念話で話している。

マヤリィはそんな二人を横目で見てから、

「…私からは以上よ。部屋に戻りなさい」

幾分か優しい声でシロマに命じる。

「はっ!これより私は自身の罪と向き合いながら反省の日々を送らせて頂きます。…ご主人様、此度は本当に申し訳ございませんでした。二度とこのような過ちを繰り返さないことをお約束致します」

「ええ。いつもの流転の國を取り戻す為にも、貴女にはきちんと反省してもらわなければならないわね」

マヤリィは優しく微笑んでいる。

が、その目は全く笑っていない。

マヤリィは怒りの表情を見せることもなく、声を荒らげることもしませんが、代わりに玉座の間に罅が入るほど殺気立った魔力を放ちます。

ルーリとは違った恐ろしさ。…というか、確実にマヤリィ様の方が怖い。


微笑みを浮かべているのに目が笑っていないマヤリィ様は内心かなり怒っています。

一見優しげなその微笑みを向けられた者は女王様の逆鱗に触れたことを改めて思い知らされるでしょう。

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