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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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⑱理由と結果

痛々しい姿でシロマと対話するマヤリィ。

けれど、彼女は決して配下を責めることはしません。

「顔を上げなさい、シロマ」

「はっ。失礼致します、マヤリィ様」

第4会議室でようやく対面した主と配下。

シロマは泣き腫らした顔を上げ、恐る恐るマヤリィを見た。

「っ…!」

そこには、いつものスーツ姿ではなく、腕に包帯を巻き、ジェイが選んだ服に身を包んだマヤリィがいた。

「ご主人様…!」

シロマはそう言ったきり、今度はマヤリィから目が離せない。

同時に、自分の部屋に来たマヤリィの言葉を思い出す。ずっとひれ伏していたから何をしているのかは分からなかったが、あの時マヤリィはこう言った。

『「ごめんなさいね。私、病気のせいで今とても精神が不安定なの。…でも、こうすればおさまるから」』

シロマはマヤリィが元いた世界でリストカットを繰り返していたことを知らない。しかし、それが自傷の方法の一つであることは知っている。

「シロマ、何か聞きたいことがあるようだけれど、私のことは後回しよ」

彼女が絶句しているのを見て、マヤリィは言う。

「今聞きたいのは、私が流転の國を離れている間に貴女が何を考えていたかと言うこと。ルーリから報告を受けてはいるけれど、貴女自身の口から聞きたいの。…なぜ、私の命令に背くのではないかと誤解されるような発言をしたのかしら」

「そ、それは……」

シロマは少し言い淀んでから、

「私も、ご主人様のお役に立ちたかったのです」

小さな声でそう言った。

「…そういうことね」

「えっ…」

二人の短い会話を聞いたクラヴィスはうっかり声を上げてしまう。

しかし、マヤリィは構わず話を続ける。

「今考えれば、最初から貴女を桜色の都に派遣するべきだったわね。貴女もそれを希望していたのではないかしら?」

マヤリィはシロマの気持ちが分かった。

「はっ。畏れながら、前回の任務に参戦した者として、今回も同行させて頂ければと思っておりました」

しかし、シロマは桜色の都派遣チームに選ばれなかった。

國に待機している状態では、直接ご主人様のお役に立てない…。そのことがシロマを悩ませていたらしい。

「シロマ、今更だけど貴女を派遣チーム①に選ばなかった理由を言わせて頂戴」

「派遣チーム①…?」

シロマだけでなく、ジェイやクラヴィスも首を傾げる。

「桜色の都に転移する前に話しておくべきだったわね。…私も砂の王国に赴いてドラゴンの話を聞くまでは、前回と同じ惨事が起こると思っていたの。だから、様子次第で貴女を呼び寄せるつもりだったのよ。戦闘が激化すれば、貴女の白魔術の力が必要になると思っていた」

マヤリィは言う。

「…けれど、今回の問題は全く別の所にあったから、黒魔術もリボルバーも出番がなかったの。それで戦闘要員のラピスは早々に帰還させ、ヒカル殿やシャドーレと面識のあるクラヴィスには桜色の都のサポートをしてもらったわ。…そう。今回の一件で私達に出来ることはサポートだけだった。そもそも、流転の國が深く関わるべき問題ではなかったのよ」

マヤリィはそこまで説明すると、シロマのすぐ目の前まで近付く。

「最初に、戦闘の状況次第ではシロマを呼ぶ、と一言伝えていれば貴女を悩ませることもなかったのね」

確かに長距離転移の直前、ルーリは「何かございましたらいつでもお呼び下さいませ」と言っていたし、ジェイも「僕はマヤリィ様の姿に『変化』することが出来ます。どうか無理をなさらず、ご連絡下さいませ」と言っており、マヤリィも二人の想いに応えていた。しかし、シロマは何も言えなかったのだ。

「いつだって貴女を頼りにしているのに、あの時それを伝えられなかったこと、申し訳なく思っているわ。…悪かったわね、シロマ」

そう言ってマヤリィはシロマを抱きしめる。

(本当に、姫は優しすぎるよ…)

ジェイはその光景を見て思う。主が配下と同じ目線に立って謝罪の言葉を述べるなど、本来ならば有り得ないことだ。

「ご主人様ぁ…!」

マヤリィに抱きしめられ、シロマの涙腺は決壊する。

「私はご主人様のお役に立てないと焦るあまりに非常識な発言をしてしまい、ルーリ様のお手を煩わせることになり、貴女様にまでご迷惑をおかけすることになってしまいました。そんな自分が許せず、どうしてもお顔向け出来なかったせいで、貴女様は……」

シロマの過剰なご主人様賛美も同行したい発言も、派遣チームに選ばれなかったという焦りとお役に立ちたいという想いが先走った結果のことだった。しかし、最終的にそれら全てがマヤリィを苦しめることになってしまったのだ。

自分の部屋ではずっとひれ伏していた為に見ていなかったマヤリィの自傷だが、彼女の腕に巻かれた包帯を見て、シロマは自分が自傷行為のトリガーとなったことを知る。

「申し訳ございません、ご主人様…!」

重い罪の意識に苛まれ、ひれ伏すシロマ。

「私は…貴女様のご病気について存じ上げているつもりでいながら、実は何一つ理解していなかったのだと、今になって気付きました。ずっと貴女様にお仕えしていながら、しかも白魔術師という身で、私は一体何をしていたのでしょうか…。本当に申し訳ございません、ご主人様」

今までマヤリィの精神疾患の症状が皆の前で現れることはなかったから、初めてその片鱗に触れたとも言えるシロマが恐れ慄くのも無理はない。

「…シロマ。前にも言ったけれど、それは仕方のないことなのよ。私の病気はこの世界の白魔術では治せないと言ったでしょう?」

マヤリィは優しく語りかけると、シロマの傍を離れた。

…そう。忘れているかもしれないがここは第4会議室。今、マヤリィはベッドの上に座り直し、ジェイにもたれかかった。

「顔を上げなさい、シロマ」

「はっ!」

今度は素早く従うシロマ。

その時、転移してきた者がいた。

「ルーリ様…!」

ジェイは来ることが分かっていたと見えて驚きもしないが、クラヴィスにはなぜ突然ルーリが現れたのか分からない。

「ルーリ、ご苦労だったわね」

「マヤリィ様……!!」

ジェイから念話で聞いてはいたが、実際に今のマヤリィを目にするのはつらすぎる。

しかし、ルーリは泣きたい気持ちをおさえて、シロマに厳しい眼差しを向ける。その手には、ダイヤモンドロックが握られていた。

「…シロマ。お前に言いたいことは山ほどあるが、マヤリィ様のご命令だ。これはお前に返す」

そう言って魔術具を差し出したルーリの表情は、これまでになく怒りに満ちていた。

「ご主人様のお役に立ちたい」。

その気持ちと焦りが招いた最悪の結果。


自傷行為に関する用語として『トリガー』という言葉を用いていますが、これは『引き金』という意味であり、自傷のきっかけになる事柄などを表します。

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