⑮砂色の手紙
睡眠薬の影響もあり、朝起きられないマヤリィ様。
そんな彼女の部屋にシャドーレが参上します。
「失礼致します、マヤリィ様。ご報告に参りました」
あの後、王宮に泊まることになったマヤリィはジェイと『念話』を交わしながら、いつしか眠ってしまっていた。
「陛下が…戻られたのね…?」
「はっ。すぐに貴族達を集め、今後の予定についてお話しになるとのことでございます」
「分かったわ…。そのお話、私も聞かせて頂きましょう」
マヤリィはそう答えた後、もう一度寝た。
それからしばらく経って、もしや流転の國に何かあって『念話』を続けていらっしゃるのではないかと心配したシャドーレが参上すると、ようやくマヤリィは部屋から出てきた。
「おはようございます、マヤリィ様。本日も大変お美しいですわ」
「おはよう、シャドーレ。夜通しの任務、ご苦労だったわね」
マヤリィはシャドーレを労いつつ、
(徹夜明けでどうしてそんなに元気なのよ…)
内心そう思いながら、まだ寝足りないマヤリィであった。…流転の國に帰るまで頑張って下さい。
一方、ヒカル王は徹夜でドラゴン達と話し合った全てを集まった貴族達に報告していた。疲れた顔は隠しきれないが、皆に報告しないことには次に進めない。
砂の王国と協議した結果、子供達を保護するという緊急の事案についてはすぐにでも実行出来る局面まで来たという。早急に安全な建物を確保させ、国王直属の白魔術師部隊から人員を割いて、西の国境線政策の第一段階は物凄いスピードで実現しつつある。
「一応、砂の王国に留まりたい者はいないか確認を取りました。…と言っても、我々が到着した時には既にリュート殿が全員の意向を聞いて名簿に纏めてくれていたのですが」
子供達は皆、桜色の都に帰りたがっているという。
「子供が死ぬと分かっていながら砂漠に置き去りにしたのですから、親元に返すわけにはいきません。子供達も住んでいた家や家族の話はほとんどせず、砂の王国で出会って一緒に暮らしてきた仲間と桜色の都の施設で暮らすことを喜んでいるようです」
そして、保護政策が実行された後、ドラゴン達は速やかに居住地を砂漠の奥へと移すことを約束した。以後、桜色の都とは関わらない。それが最善なのではないかとリュートが言ったのだ。ヒカルも同じ気持ちだったので、砂の王国とドラゴン達に感謝の言葉を述べ、西の国境線政策完了後は二度と関わりを持たないことを約束した。
「そんなわけで、急な話ではありますが、本日の午後に子供達を迎えに行くことになりました。保護施設に関わる者には、絶対にその場所を明かさないようにと言ってあります。…その上で、報道関係者には今回起きた問題を大々的に広めてもらわなければなりません」
国境線近くの町に住む住民を救済するにはさらなる話し合いが必要だが、まずはこの問題を明らかにする必要があるとヒカルは思った。
「根本的な解決策に関しても迅速な対応が求められます。しかし、今日のところは子供達のことだけを考えて各自行動をお願いします」
ヒカルはそこまで説明すると、午後の具体的な流れについて確認するよう命じて、一度部屋を出た。
「…マヤリィ様、話は聞こえていましたか?」
部屋の外には、マヤリィが立っていた。今回の問題にいち早く気付いた人物であろうと、マヤリィは桜色の都の者ではない。途中からは全てヒカル主導で政策を進めてきたこともあり、報告の場には同席しなかったのだ。…麗しき女王様が近くにいると別の意味で集中出来なくなる者もいることだし。
「ええ。(途中で寝そうになったけれど)貴方の話は全て聞かせてもらったわ。この短期間にここまで政策を進めるとは、素晴らしい行動力ね」
「マヤリィ様にそう言って頂けるとは、頑張った甲斐がありました。…本番はここからですが」
ヒカルは疲れた顔で微笑むと、思い出したように薄汚れた封筒を取り出した。
「子供達の中で唯一、砂の王国に留まると言った少女から預かりました。このような有り様なので一度は断ったのですが、リュート殿に懇願されまして、仕方なく預かって参りました。何度もマヤリィ様にご足労頂くのは申し訳ないとリュート殿は言っておりましたが…。お読みになりますか?」
出来ればこんな汚いものをマヤリィ様の手に渡したくないという様子で、ヒカルは言った。
しかし、
「見せて頂戴。私宛の手紙なのでしょう?」
マヤリィはヒカルが差し出すより先に封筒を手に取る。
「ステラ…。やはりね…」
封筒の裏には、小さな文字で差出人の名前が書かれていた。
「しばらく一人にしてもらえるかしら。この手紙は私にとって大切な物よ」
真面目な顔でそう言われ、ヒカルは封筒をマヤリィに渡すべきかどうか迷ったことを反省した。
「分かりました、マヤリィ様。すぐにお部屋をご用意します」
そして、マヤリィが出てくるまで誰も立ち入らせないことを約束した。
「ステラ…。貴女は『リュート兄さん』について行くことにしたのね」
読まなくてもマヤリィには分かった。彼女が流転の國ではなく、砂の王国を選んだことが。
「…恐らく返事は書けないでしょうけれど、貴女の気持ち、受け取るわよ」
マヤリィはそう呟くと、封筒を開けた。中からはリュートが慌てて用意したであろう不格好な形をした紙が出てきた。正方形でもなく長方形でもなく、便箋と呼ぶには程遠いそれには、少女の必死な想いが綴られていた。
【るてんの国の女王様にしてそら色の大まじゅつしマヤリィ様。あなた様がこちらに戻ってこられるとおっしゃったにもかかわらず、このような手紙を書きましたことをお許しくださいませ。まことに申し訳ないのですが、わたしはるてんの国に行くことはできません。この砂の王国で出会ったドラゴンのみなさんとはなれてどこにも行けないことに気づいたのです。わたしの白まじゅつを見てくださったこと、まじゅつぐを貸してくださったこと、るてんの国に行くきかいを与えてくださったこと、完全ちゆまじゅつをほどこしてくださったこと、そしてさいごのせんたくをわたし自身にさせてくださったことに心よりかんしゃ申し上げます。あなた様のおことばにおこたえすることができず、本当に申し訳ございません。マヤリィ様にお会いできたことはステラの一生のたからものにございます。今でもゆめではないかと思いますが、あなた様にいやしていただいたこの身体と、自分でも気づかぬうちに使えるようになった全かいふくまじゅつがあなた様にお会いしたしょうこになりました。マヤリィ様、あなた様におつかえする道をえらべなかったことをかさねておわび申し上げます。どうか、いつまでもお元気でおすごしください。このたびは本当にありがとうございました。 砂の王国の白まじゅつしステラより】
長く読みづらい手紙だったが、読み終えたマヤリィは一人微笑みながら呟いた。
「ステラ…。貴女に会えてよかった…」
マヤリィはステラやリュートの顔を思い出しながら、もう二度と行くことは出来ないであろう砂の王国に思いを馳せるのだった。
砂の王国を離れられないと気付いたステラは、マヤリィに手紙を書きました。
リュートが言っていたように、何度も砂の王国に来てもらうのは申し訳ないと思ったのでしょう。




