第129話 事後報告
「やはり…タンザナイト様は来られませんか…」
流転の國からの書状を受け取ったヒカルの顔を見て、シャドーレは悲しそうにそう言った。
「『陛下のお気持ちにお応えすることが出来ず、大変申し訳なく思っております』と、タンザナイト殿が言っていたとのことです」
「…それも仕方のないことと存じますわ。陛下の求婚を断った後では、桜色の都に来づらいのも分かります」
そう言いながらシャドーレも書状に目を通す。
「マヤリィ様御自らタンザナイト様に確認を取り、その意思を尊重されたのですね…。畏れながら、陛下。此度はマヤリィ様の誠実さに感謝するより他ございませんわね」
「はい…。私の我儘で困らせてしまったというのに、マヤリィ様はお怒りになるどころか私のフォローまでして下さった。それに甘えた私は未練がましくもタンザナイト殿に会いたいと言い、さらにマヤリィ様のお手を煩わせてしまった…。なぜ、あの御方はあんなにもお優しく誠実でいらっしゃるのでしょう…?」
ヒカルはそう言って俯く。
「陛下、流転の國のマヤリィ様とはそういう御方なのですわ」
シャドーレは答えにならない答えを教える。
「マヤリィ様はこの世界の誰よりも気高く美しく、そして果てしない優しさを持った御方にございます。これ以上、説明のしようがございません」
その時、シャドーレはマヤリィの美しい微笑みを思い出していた。
ヒカルはもう何も考えられず、シャドーレの顔を見ずに頷いた。
「そうなのですね……」
時は遡り、ヒカルに書状を送った直後の流転の國。
玉座の間には、マヤリィとタンザナイトの姿があった。
「突然呼び出したのは他でもないわ。貴女に報告しなければならないことがあるのよ」
マヤリィは相変わらずのポーカーフェイスで跪いているタンザナイトを前に、話を切り出した。
「事後報告になったことを先に謝るわね。実は、桜色の都のヒカル王から貴女宛に恋文が届いたの」
「恋文にございますか…?」
「ええ。タンザナイト殿を妃に迎えたいと書いてあった。…でも、ナイトは私が特別可愛がっている配下だからと言って断ったわ」
「そのようなことがあったのですか…」
ヒカルから書状が来たことも、それを見て立腹したリッカが説教しに行ったことも、その後マヤリィが直接フォローに行ったことも、何一つ知らされていなかったタンザナイト。
「ヒカル殿は私の返事にショックを受けつつ、また貴女が桜色の都に来ることを望んでいるの。貴女との結婚が叶わないと知りながら、それでも会いたいらしいのよ」
マヤリィは話を続ける。
「その時は、とりあえずタンザナイトの意思を尊重すると言って保留にしてきたわ。すぐに断るのはあまりに可哀想だったから」
「では、女王様は僕の意志を確かめる為に、一連の流れをお話し下さったのですか?」
「いいえ。ただの報告よ。貴女の意思を確かめる必要はない」
マヤリィはそう言うと、厳しさと悲しさの混ざったような声でタンザナイトに告げる。
「私はもう貴女を桜色の都には行かせないわ。ヒカル殿には保留と伝えたけれど、貴女の意思は関係ない。たとえ貴女が都に行きたいと言っても、許すことは出来ないの」
「つまり、それが事後報告ということにございますね」
タンザナイトは淡々と応じる。
「畏まりました、女王様。…正直な所、僕はヒカル様に対して何の感情も抱いておりませんし、再び桜色の都を訪れたいとも思っていません。それに、そういう状況下であれば僕は都に行くべきではないでしょう」
…タンザナイト嬢、容赦ないな。
「女王様、その書状を巡って起きた出来事を教えて下さり、ありがとうございました。そして、ヒカル様にそのような気持ちを抱かせてしまったことを深くお詫び申し上げます」
「ナイト…。念の為聞くけれど、貴女はヒカル殿の気持ちに気付いていたの?」
「いえ、全く。僕はそういうことに関しては疎いものですから」
タンザナイトは真顔で答える。
「…そう。それならよかったわ」
本人に何も言わず断ったことを少しだけ後ろめたく思っていたマヤリィだが、タンザナイトの言葉を聞いて安心した。
「けれど、先ほど送った書状には、タンザナイトの意思を確認した上で同行させないことにしたと書いておいたわ。事後報告ばかりでごめんなさいね」
…マヤリィ様、全然誠実じゃなかった。
「とんでもございません、女王様。むしろ、断って下さって感謝しております。僕は…貴女様から離れて桜色の都の妃になるなんて絶対に嫌ですから」
相変わらず表情は乏しいが、声は力強かった。
「どうか、これからも貴女様のお傍近くでお仕えさせて下さい。僕の使命は母上様の病を寛解させることと心得ております」
「ナイト……!」
「母上様、僕に出来ることがあれば何でもおっしゃって下さい。貴女様の御為、全力を尽くすことをお約束致します」
この間はルルーの一件で悩んでいたタンザナイトだが、既にいつもの彼女に戻っている。
女王マヤリィの一人娘にして、流転の國が誇る『書物の魔術師』タンザナイトは、負の感情を抱いてもすぐに気持ちを切り替えることが出来るのだ。
「ありがとう、ナイト…!これからもよろしく頼むわね…!」
「はっ!畏まりました、母上様」
真面目な顔で頭を下げるタンザナイト。
だが、その声は心做しか明るかった。




