第128話 宇宙で一番
「…ねぇ、ジェイ?」
いつもと変わりない優しい声で、マヤリィが愛する人の名を呼ぶ。
「私…疲れちゃったわ。最近いろんなことがありすぎて」
マヤリィはそう言いつつ、最近起きた出来事を並べる。
「ヒカル殿はとんでもない書状を寄越すし、ルルーは暴走するし、ナイトは怖いことを言い出すし…。まぁ、ルルーの件に関しては完全に私の責任だし、そのせいでナイトにあんなことを言わせてしまったのだけれど」
テーブルに魔術書を広げているジェイは、時折頷きながら黙ってマヤリィの話を聞いている。
「…問題は桜色の都ね。ヒカル殿は報われない恋と知りながらもナイトに会いたがっている。でも、私はそのどちらも本人に伝えていない。…これはどうしたものかしら」
マヤリィは話し続ける。
「今度の首脳会談までに決めておかないといけないのに、どうしたら良いか分からないわ。っていうか、このタイミングで私が流転の國を離れたらナイトが心配するかもしれないわね…。かと言って、ナイトを桜色の都に連れて行ってヒカル殿に会わせるのはやっぱり無理よ」
とりあえず、一つの結論は出た。
「…となれば、外交官のクラヴィスを同行させる以外に選択肢はないわ。白魔術師大国である桜色の都にシロマが行ったら大変なことになりそうだし、リッカはしばらくヒカル殿に会いたくないでしょうし。…最終的な結論はこうよ。ルーリに最高権力者代理を任せ、タンザナイトにはあくまで『No.2』という立場でいてもらい、いざという時は貴方がこの國を守る。…これで皆も安心してくれるかしら」
「はい。完璧だと思いますよ、姫」
途中からほとんど独り言だったが、ジェイはしっかり聞いていた。
「この間は後手に回ってしまいましたが、二度と不覚は取りません。流転の國を脅かす者がいれば、誰であろうと僕の『烈風』をその身に受けてもらいます。僕でなければ、ルーリの『迅雷』を。タンザナイトがいれば『複合魔術』で応戦出来ますから」
「それは心強いわね。…けれど、もし本当にそんな事態が起きたら真っ先に私に『長距離念話』を頂戴。どこにいてもすぐに戻ってくるわ」
マヤリィは言う。この間の一件で、桜色の都から『魔力探知』出来なかったことを今も悔やんでいる。
「…勿論、貴方達を信じてる。それでも、私はいざと言う時の現場にいなければならないの。これは女王を務める者の義務であるというだけでなく、私の個人的な願いでもあるわ。『宙色の魔力』は流転の國の皆を守る為に存在するのよ」
「はい。女王陛下のお言葉に異論はございません。先日の一件でも、貴女様が来て下さらなければ助からなかった者がいたことでしょう。あの時こそ長距離念話を使うべきだったと反省しております。既に終わった話を玉座の間でするつもりはありませんが、今後は皆に長距離念話の『宝玉』を持たせておくべきかと存じます」
ここで急に側近の顔になるジェイ。
「ええ。それは必要なことね。長距離念話は誰もが使えるわけじゃないし、そう簡単に発動出来るものでもないから」
流転の國にいれば傍で会話しているかのように使える『念話』も、遠く離れた所では受け取りづらかったり、若干のタイムラグが発生してしまうこともある。
「…では、長距離念話の宝玉は作っておくわね。近々皆に配れるようにするから安心して頂戴」
マヤリィはそう言って微笑むと、
「…ねぇ、ジェイ?そろそろ『側近の顔』は終わりにしていいわよ?」
難しい話の終了を告げる。
「分かりました、姫」
ジェイは笑顔で頷く。
「ここから先はプライベートってことですね?」
「ええ、そうよ。今夜は私のベッドで寝ましょう?」
「はい…♪♪♪」
愛する妻にいざなわれ、ジェイはベッドに向かう。
「明日を休みにしておいて良かったわ。久々に貴方とゆっくり過ごせるもの」
「はい…!こうして姫の部屋で過ごすのも久しぶりですね…!」
二人は『結婚宣言』をしたものの、流転の國においては女王と側近という立場なので、今も部屋は別々である。
たとえジェイであっても女王の部屋に直接転移することは許されない為、普段はマヤリィがジェイの部屋に行くことが多い。
が、今日は久々にジェイがマヤリィの部屋に来ている。
「姫、大好きです…!」
ジェイはそう言ってマヤリィを抱きしめ、その唇にキスをする。
「流転の國の誰よりも強くなった所で、僕が貴女に敵うはずはありません。でも、僕は貴女を守りたいんです」
「ジェイ…貴方はもう充分に私を守ってくれているわ。…とてつもなく死にたい夜に駆け付けてくれたのは誰?自分で自分を傷付けた私を手当てしてくれたのは誰?何より、流転の國を追放された私にどこまでも寄り添ってくれたのは…貴方だけなのよ」
マヤリィは言う。
「ジェイが守ってくれたからマヤリィはここまで生きてこれたの。本当に感謝してるわ」
「姫……」
「こんな私だけれど、これからも貴方と一緒に生きていきたい。死んだら貴方に会えなくなってしまうから、生きることにしたの」
「はい…!僕だって、姫がいなければ生きる意味がありません…!」
『今日のマヤリィ様は希死念慮が強いように思える』と言ったルーリの言葉が甦り、ジェイの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「姫、どこにも行かないで下さい!絶対に離れないっていう約束、破ったら怒りますからね!」
「ええ、貴方を置いてどこにも行かないわ。私、貴方に怒られたらショックで死んじゃうかもしれないし」
「それだと順序が逆だと思うんですが…」
そう言ってジェイが笑うと、マヤリィも笑顔になった。
そして、
「これ以上、長い言葉で伝えることは何もないわ。貴方の気持ちは受け取ったし、私の想いは話したから。…けれど、何度だって伝えたい言葉があるの」
マヤリィは美しい微笑みをたたえながら、甘く優しい声で告げる。
「愛してるわ、ジェイ。宇宙で一番素敵な…私の旦那様」




