第127話 殺して欲しいの
『流転のリボルバー』の縛りを解除する。
それは即ち、リボルバーによるタンザナイトへの攻撃を有効にするということだ。
百発百中一撃必殺のマジックアイテムであるその銃は、流転の國の仲間に向けて発砲した所で全く効果がない。しかし、マヤリィの権限で流転の國の仲間という縛りから解除すれば、かつてラピスラズリにそうしたように、リボルバーで殺害することが可能になる。
今、タンザナイトは自分の縛りを解いて欲しいとマヤリィに直訴した。…ラピスやルルーと同じホムンクルスである自分が自分自身を制御出来なくなるという『有り得ない日』に備える為に。
「嫌よ、ナイト……」
ナイトの言葉を聞いたマヤリィはぽろぽろと涙を流す。
「私には出来ないわ。そんなことをするくらいなら、有り得ない日の貴女に殺された方がましよ」
「…姫。床に座っていないで、こちらへおかけ下さい」
跪いたタンザナイトを抱きしめる為に床に膝をつき、そのまま座り込んでしまったマヤリィ。
「ほら、冷えますよ」
ジェイに抱き上げられ、ようやくマヤリィは椅子に座ったが、涙は止まらない。
「ルーリ、君は今の話をどう思う?」
マヤリィに寄り添いながら、ジェイはルーリに訊ねた。
「そうだな……」
ルーリは少し言い淀んだが、
「これも、万が一の話だが…。もしリボルバーが暴発するようなことがあって、運悪くナイトが巻き込まれたら…と考えると、縛り解除には賛成出来ない」
どうしても最悪の事態を想定してしまう。
「うん。僕も同意見だよ」
ジェイはそう言うと魔法陣を展開する。
「それに、タンザナイトがこの間の人造人間みたいに殺人級魔術を連発した所で、ルーリや僕を制圧するのは難しいだろうね」
「…どういうことだ?」
「この間は姫もルーリもいなかった。それでも、僕一人で彼女を戦闘不能に出来たんだ。…いくらタンザナイトが強くても、僕達三人を相手にするのは至難の業だと思うよ」
「…ですが、この間のようにマヤリィ様もルーリ様もいらっしゃらない状況だったら…」
タンザナイトはジェイの言葉に不安を覚えるが、次の瞬間それは恐怖の感情に変わった。
「…タンザナイト。君は本気でこの僕に勝てると思ってるの?確かに君はルーリの実力をも超えた『書物の魔術師』だけど、流転の國の風系統魔術師の存在を忘れてやしないか?」
「っ…」
(ジェイの魔力圧…!?)
タンザナイトは言葉を失い、ルーリは動揺する。
今、ジェイは微笑みながら魔力圧をかけ、マヤリィを泣かせたタンザナイトに恐怖を与えている。
しかし、
「そのくらいにしておきなさい、ジェイ」
いつの間にか泣き止んでいたマヤリィに止められ、すぐに魔力を解く。
「すみません、姫。そろそろ僕の実力をタンザナイトに教えても良い頃かと思って…」
「それはそうだけれど…あんまりナイトを怖がらせないで頂戴」
マヤリィはそう言ってジェイに抱きつく。
「貴方、まだピリピリしてるわよ?」
「こういうのに慣れてないものですから…すみません」
ジェイは打って変わって穏やかな声になる。
「そういえば、魔法陣が出しっ放しになっているが、何を発動しようとしたんだ?」
先ほどジェイが展開した魔法陣が残されたままなのを見て、ルーリが訊ねる。
「ああ、そうそう。この間の人造人間との一騎打ちを念の為『記録』しておいたんだ。まだルーリもタンザナイトも見てないでしょ?」
「ちょっと待って。あれを二人に見せると言うの?」
すかさずマヤリィが止める。
「はい。僕の力を知ってもらうにはちょうど良いと思ったんですが…さすがに酷すぎますかね?」
「彼女はルーリにそっくりなのよ?それを貴方の『烈風』で切り裂いた場面なんて…」
マヤリィは難色を示すが、
「お気遣い頂きありがとうございます、マヤリィ様。私は悪魔種ですので、どんなに惨い場面であろうと問題ありません。ぜひジェイの風系統魔術をこの目で見たいと存じます」
天性の殺戮者ルーリは怯まない。
「女王様、僕も大丈夫です。あの日の結末を拝見させて下さいませ」
タンザナイトの声は珍しく震えている。
「…分かった。じゃあ、発動するね」
ジェイはそう言うと『記憶の記録』を発動し、あの時の一部始終を二人に見せた。
(本当に…私そっくりだな…)
ルーリは今更ながら戸惑っている。
(『流転の指環』が光ってるの初めて見た…)
タンザナイトは興味深そうに魔術具を見ている。
しかし、ジェイの魔術はあまりにも残酷だった。
「『烈風』発動せよ!裏切り者を切り裂け!!」
かつて密偵として流転の國に潜入していた天使の翼を斬ったジェイの烈風魔術。
年月とともに威力を増したそれは、物凄いスピードで人造人間に襲いかかった。
「…ねぇ、ジェイ?私が死にたくなったら、もっと美しい魔術で私の首を切り落としてくれるかしら?」
ジェイの隣で一緒に見ているマヤリィが何やら物騒なことを言い始めた。
「痛いのは嫌だから、一瞬で殺して欲しいの。愛する貴方の素晴らしい魔術で死ねるなら嬉しいわ」
「姫、その時は僕もお供しますよ。烈風の上位互換魔術で心中…というのはいかがですか?」
「あら、素敵ね。そうしましょう」
因みに、これは茶番ではなく本気の会話である。
(烈風の上位互換とか…存在するのかよ…)
ルーリは風系統魔術師の底知れない恐ろしさを感じた。
(夫婦とは、同時に死ぬものなんだろうか…?)
タンザナイトは嬉しそうに見つめ合う両親を見て首を傾げた。
「…あ。終わったみたいだね」
「お前、最後まで見てなかっただろう」
そそくさと魔法陣を消すジェイを見て、ルーリは呆れたようにそう言った。
「…というわけで、貴女の提案は却下よ」
「はっ。畏まりました、女王様。烏滸がましい発言をどうかお許し下さいませ」
「ええ、許すわ。もう二度とあんなことは言わないで頂戴」
「はっ。お約束致します」
ジェイの荒療治が効いたのか、タンザナイトは素直に頭を下げた。
が、マヤリィは懲りもせずに言う。
「けれど…もし貴女が暴走したら真っ先に私を殺してね?約束よ♪」
「いえ、そのお約束は出来かねます…!」
《…ジェイ、今日のマヤリィ様は希死念慮が強いように思えるんだが…》
ルーリは心配そうに『念話』を送る。
《大丈夫だよ、ルーリ。ずっと僕が傍で見張ってるから》
ジェイからは明るい返事が返ってくる。
《そうか、それなら安心だ。…って、夜はお前も寝るんじゃないのか?》
《うん、寝るよ。今日の姫のナイトウェアは何がいいかな…》
(つまり、寝てる間も離れないってことか…)
ルーリは二度とマヤリィと夜を過ごせないことを寂しく思いつつ、ジェイが傍にいてくれて良かったと思うのだった。
「ああ、そうそう。この間の人造人間との一騎打ちを念の為『記録』しておいたんだ」
…ジェイ様、余裕すぎませんか?




