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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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⑫女王代理の苦悩

『その姿を現し私の前に跪け』。

ルーリがそう命じた相手とは…?

時は少しだけ遡る。

「ルーリ様。ラピス、只今帰還致しました」

「ご苦労。お前が無事でよかった」

マヤリィがリュートと出会った日の夜、ラピスは流転の國に帰ってきた。帰らされたと言った方が正しいかもしれない。

ラピスはルーリに挨拶すると、一つの『宝玉』を取り出した。

「ルーリ様、こちらをマヤリィ様からお預かりしております。お受け取り下さいませ」

『長距離転移』でラピスを流転の國に帰還させる直前、マヤリィは宝玉を取り出してこう言った。

「『記憶の記録』という魔術を込めた宝玉よ。これをルーリに渡して頂戴」

マヤリィは『クロス』にドラゴンの集落の現状を報告し、明日の予定について指示を出す様子を『記録』に残していた。流転の國に待機している皆も、これを見れば現地の状況が分かる。

ルーリはラピスを労うと、すぐに皆を集め、宝玉に込められた『記憶の記録』魔術を発動した。

「…成程な。以前桜色の都に攻め込んできたドラゴンとは全く違う種族だったというわけか」

「でも、まさか桜色の都の住民が子供を置き去りにしてたなんて…。しかも一人や二人じゃないみたいだね」

魔術を通してマヤリィの説明を聞いたルーリは頷き、ジェイは難しい表情になる。

「今回ドラゴン達が桜色の都の国境線に近付いたのはそういう事情があったからなのですね。…それにしても、お一人で砂漠に向かわれてドラゴンと対話なさるとは…。やはり私達のご主人様は偉大なる御方にございます」

珍しくシロマは今起きている問題よりもマヤリィに注目し、『記録』の中で動いて話す主に見とれていた。

「ご主人様がいらっしゃらなければ、最悪の場合ドラゴン達は『クロス』から威嚇以上の攻撃を受けていたかもしれません。…ご主人様のお陰で本当の問題が浮き彫りになり、桜色の都の国王陛下が解決に向かって動くことになった。もはや宙色の大魔術師様は桜色の都だけでなくドラゴン達の救世主にございますね…!そのような素晴らしい御方にお仕えしているなんて、シロマは幸せです…!」

まるでミノリが乗り移ったかのようなシロマの長い台詞を聞かされた後、

「…シロマ、どうした?何かあったか?」

ルーリがもっともな問いかけをする。

シロマの言葉は真実だし全てに同意出来るが、いつもの彼女らしくない。

「いえ、何もございません。何もございませんが、私は今、こんなにも人数がいると言うのに実際に行動なさったのはご主人様だけであるという事実を目の当たりにして、御自ら現地に赴くとおっしゃった先日のご主人様のご英断に感動しております」

《今のって、遠回しに『クロス』を批判してない…?気のせい…?》

ジェイもシロマの過剰なご主人様賛美に困惑し、思わずルーリに『念話』で話しかける。

《いや、今の台詞を現地で述べたら大変なことになりそうだ》

シロマワールドとでも呼ぶべき状態を前にしてルーリは頭を抱えたくなるが、

「…これを見る限り、今頃クラヴィスはシャドーレと一緒にドラゴンの集落を訪れていることだろう。どんな話をしているのか気になるところだが、今の私達には知るすべがないな」

シロマが心配しているであろうクラヴィスについて触れる。

しかし、シロマはとんでもないことを言い出す。

「…では、ご主人様にご連絡して我々も同行させて頂きましょう、ルーリ様!」

「ちょっと待て」

さすがのルーリも真顔で止める。これは尋常ではない。

「シロマ、とりあえず落ち着け。そして思い出せ。私達がマヤリィ様に命じられたことは何だ?マヤリィ様がいらっしゃらない間、流転の國を守ることじゃないのか?…そのご命令に背き、烏滸がましくも自分から連絡を取ると言い張るならば、私は流転の國最高権力者代理としてお前に罰を与える必要がある」

ルーリは威厳に満ちた声でそう言うと、厳しい目をシロマに向ける。

「い、いえ…私はそんなつもりでは……」

シロマはその場に跪いて首を横に振るが、後の言葉が続かない。

(本当にどうしたって言うんだ、シロマ…)

ジェイはそう思いつつ、口を挟むことは出来なかった。

「ルーリ様、お許し下さいませ。ご主人様のお役に立ちたいばかりに出過ぎたことを申してしまいました…」

「…ああ。本当にな」

ルーリは残念そうにシロマを見ると、

「悪いが、今のお前を信用することは出来ない。…ダイヤモンドロックよ、その姿を現し私の前に跪け」

そう言って指を鳴らし、シロマのアイテムボックスから強制的に『ダイヤモンドロック』を取り出す。

ダイヤモンドロックはシロマが顕現前から持っていた『相棒』であり、魔術具ながら時折心を持っているのではないかと感じさせる稀有な存在である。

今も急にアイテムボックスから出されたことに戸惑っている様子だったが、只ならぬ雰囲気を感じたらしく、速やかにルーリの言葉に従った。

「これは預かっておく。勝手な行動は慎み、私が許可するまで魔術は使うな」

「か、畏まりました…ルーリ様……」

一時的とはいえダイヤモンドロックと引き離されたショックに青ざめながら、シロマはルーリの前にひれ伏した。

「…では、本日はこれにて解散とする。こののちは各々自室に戻り待機せよ。何かあれば『念話』を送るように」

ルーリはそう言ってから、

「ラピスはここに残れ。…お前には自分の部屋というものがないからな」

厳しい声のまま、ラピスに命じる。

「はっ。畏まりました、ルーリ様。お気遣い頂き、ありがとうございます」

ラピスはその場に跪き、頭を下げた。

《…ジェイ。念の為、魔力探知を頼む。今日のシロマは危なっかしい》

ジェイには『念話』でシロマの魔力を見張るよう頼んだ。

《了解。常時発動しておく。シロマの魔力に不自然な変動があったらすぐに連絡するよ》

ジェイも同じことを考えていたらしく、自室で『魔力探知』に集中することにした。

(シロマ…。お前は一体どうしたんだ…?)

ルーリは彼女から取り上げた『ダイヤモンドロック』を自分のアイテムボックスにしまうと、ため息をつくのだった。

長々とご主人様を讃えたり、急に現地に行くと言い出したり、様子のおかしいシロマ。

ルーリは悩みながらも、彼女の魔術具(ダイヤモンドロック)を強制的に取り出し預かることにしました。

厳しいようにも見えますが、全てはマヤリィ不在時の流転の國を守る為です。

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