第122話 超再生魔法
「大好きよ、ルルー」
マヤリィはそうささやくと、彼女からそっと離れた。
禁術によって即死したルルーの身体は崩れ始め、やがて完全に消えてなくなった。後には何も残らなかった。
「姫……」
マヤリィの決断の早さにはジェイもついていけない。
しかし、マヤリィは涙を流しながら言う。
「ジェイ…。私はこれからどうしたら良いのかしら…」
血の匂いが漂う訓練所で、二人はただ立ち尽くしていた。
「ナイト様……」
タンザナイトはまだ目覚めない。
先ほどまでは死んだように動かなかったが、急に息遣いが荒くなる。
「ナイト様!!」
シロマは思わずナイトの手を握った。
その手は氷のように冷たい。
「ナイト様、死なないで下さい…!」
手を握ったまま、シロマは涙を流す。
彼女の様子を見たクラヴィスは、
(訓練所の状況は分からないけど…マヤリィ様に来て頂くしかない!)
そう思って『念話』を送るのだった。
《こちらクラヴィスにございます。マヤリィ様、第2休養室に来て頂くことは可能でしょうか?タンザナイト様が苦しんでいらっしゃいます》
(ナイトが…!?)
クラヴィスの言葉を聞いたマヤリィは、禁術の余韻も忘れて、念話の返事も忘れて、第2休養室に転移した。
「えっ?姫…??」
勿論、ジェイに伝えることも忘れている。
「マヤリィ様!!」
「ナイトはまだ起きないの!?」
突然シロマの隣に現れたマヤリィは、タンザナイトの苦しそうな表情を見て取り乱す。
「なぜ…?雷の欠片は全て取り除いたはずよ…」
既に目を覚ましていると思っていた。
何事もなく動いていると思っていた。…なのに。
「ナイト、目を覚まして頂戴。どうしたの?どこが苦しいの?」
呼びかけても、タンザナイトの意識は戻らない。
「このまま貴女を失うなんて…絶対に嫌よ……」
…先ほど絶命魔術を発動したばかりの女王様の台詞である。
「ナイト…。お願いだから目を開けて頂戴!!」
しかし、タンザナイトの命の灯が消えかかっていることに気付く。
「…分かった。今なら間に合うわ」
「ご主人様、何をなさるおつもりですか!?」
『宙色の耳飾り』が輝き始めたのを見て、シロマが訊ねる。
「皆、下がっていなさい。これは禁術よ」
…先ほども禁術を使っていた気がしますけど。
「敢えて、このタイミングで使うわ。『超再生魔法』発動せよ」
「っ…!」
その名を聞いて一番動揺しているのはシロマである。
『超再生魔法』は本来死んだ直後の者に対して使う魔術だが…。
「ご主人様!それでは貴女様のお命が…!!」
マヤリィは死の直前にそれを発動することを選んだ。
それは、施す魔術師自身の寿命を削り、死者に分け与える禁術である。
「日本人の寿命は長いから大丈夫よ、ナイト。幾らでも持って行って頂戴。何なら…私の代わりに生きて欲しい…」
マヤリィはだんだん小声になる。
《シロマ、止める方法はないのか?》
《はい…。大変危険な魔術ですから、無理に止めればご主人様は無事では済まないかもしれません…》
シロマは俯きながらリッカの問いに答えた。
「ナイト…お願いよ……」
マヤリィは息苦しくなってきたのを感じながら、祈るようにタンザナイトを見つめる。
「私の可愛い娘……起きて……」
そう呟きながらナイトの頬をそっと撫でた時、僅かに身体が動いた。そして…
「………?」
「ナイト…!」
「……母上…様、ですか…?」
「ええ、そうよ!私よ、ナイト…!」
マヤリィは目を覚ましたタンザナイトを優しく抱きしめる。
「良かった…!よく戻ってきてくれたわね…!」
「母上様……」
涙声になるマヤリィに、タンザナイトはいつもと同じ真顔で言う。
「僕は確かに三途の川を見たんですけど…。渡る前に、母上様のお声が聞こえたんです」
《サンズノ川ってどこだ?》
すかさずリッカが二人に聞く。
《私も初めて聞きました…。クラヴィス、知っていますか?》
《いえ…。一体どこにあるのでしょう…?》
念の為タンザナイトを『鑑定』したマヤリィはどこにも異常がないことを確認して安心する。
「超再生魔法は成功ね。もう大丈夫よ、ナイト」
マヤリィがそう言って微笑むと、途端にタンザナイトのポーカーフェイスが崩れた。
「は、母上様…まさか僕を目覚めさせる為に禁術を…!?」
「ええ。発動したタイミングが合っていたみたい。…ねぇ、シロマ?後で白魔術書の禁術頁を書き換えて頂戴」
「か、畏まりました、ご主人様…!」
最上位白魔術が列挙されている本はシロマの部屋にある。
「母上様、本当に大丈夫ですか……?」
タンザナイトは申し訳なさそうに聞くが、
「大丈夫よ、ナイト。何にも心配要らないわ」
マヤリィの笑顔を見て、ひとまず安心するのだった。
そして、マヤリィは改まった顔で皆に告げる。
「皆が助かって本当に良かったわ。…けれど、今回の一件は全て私の責任よ。明日、私の反省会の為に玉座の間に集まってもらえるかしら」
「…はっ」
「…畏まりました」
配下達はそれぞれ女王の言葉を否定しようと考えたが、マヤリィの沈痛な面持ちを目の当たりにしては誰も何も言えなかった。
「ところで、ジェイ様はどちらですか?」
「…あ、忘れてたわ。まだ訓練所よ」




