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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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第117話 リッカ姉様

使い魔に手紙を持たせ、玉座の間を退出したリッカは真っ先に衣装部屋に行って服装を整えた。

(こういう時はドレスではなく、マヤリィ様のような格好をするべきであろうな)

そして、桜色のスーツに身を包み、ハイヒールを履き、短く切った髪はストレートのままにして再び玉座の間に現れた。

今ここにいるのは、マヤリィとリッカ、それに事情を知っているジェイの三人だけ。

「今日はいつものふわふわじゃないの?」

リッカのストレートヘアを見てジェイが聞く。

「ああ。私の髪は元々真っ直ぐでな、あれはルーリに教えてもらった通りにスタイリングしているのだ」

リッカは言う。

「だが、今日はふわふわしているわけにもいかぬゆえ、敢えてストレートヘアで行く」

「そうか。それは良い考えだね」

(リッカはどっちも似合うなぁ…)と思いつつ、ジェイは頷く。

マヤリィは終始緊張した面持ちでいたが、

「…そろそろ良い時間ね。『長距離転移』を発動するわ」

そう言って魔法陣を展開する。

リッカはそれを見て姿勢を正すと、深く頭を下げた。

「では、行って参ります、マヤリィ様」

「ええ。よろしく頼むわよ」

「はっ!」

次の瞬間、マヤリィは長距離転移を発動。

リッカは見慣れた王宮の前に立っていた。


「…ヒカルに伝えよ。リッカが来た、とな」

ちょうどそこを通りかかった者に威厳を込めて命じる。

「はっ!」

王宮に出入りしている彼は今日のことを聞かされていたので、慌てて取り次ぎに行く。

まもなくリッカは貴賓室に案内されたが、感動の再会にはならなかった。

「叔母上…!」

「ヒカル。今日私が何を言いにわざわざここまで来たかは分かっているな?」

「はい…」

ヒカル王は小さくなるが、怒られるより先に聞きたいことが出来てしまった。

「叔母上、どうしても気になるので先にお伺いします!その御髪はどうなさったのですか!?」

「ん?私の髪か?」

「はい!あんなにも大切にしていらしたというのに、何があったと言うのですか??」

ヒカルは叔母の変貌に驚いている。

最後に見たリッカは腰を超える長さの美しい金髪をしていた。都の女性の間でどんなに短髪が流行ろうと、叔母上だけは髪を切らないと思っていた。

「そう騒ぐな、ヒカル。私は自分の意思で髪を切ったのだ」

「な、何ゆえにございますか…!?」

「何ゆえと聞かれても困るが…。実は、マヤリィ様が私の傷痕を消して下さってな…」

「傷痕でございますか…?」

「ああ。天界との戦で負った古傷だ。とても人に見せられるものではない酷い有り様だった」

説教しに来たはずが天界との戦について語り始めるリッカ。

「…そんなわけで、これを機に長い髪を結い上げてみようと思ったのだが…」

「結い上げてみなかったのですね…」

「左様。無性に切りたくなってしまったのだ」

「…叔母上は死ぬまでロングヘアを貫かれると思っておりました」

シャドーレ曰くショートヘア好きのヒカルだが、昔から慣れ親しんできた叔母の髪が短くなったのを見たら寂しくなってしまった。幼い頃に触ったリッカの長い髪はサラサラとして柔らかくて、見た目だけでなく指通りも良かったことを覚えている。…いつまでも触っていたら怒られたが。

「…ヒカル。お前の言うように、私も死ぬまでロングヘアでいるつもりだった」

寂しそうなヒカルを見て、リッカは真面目な顔で言う。

「されど、人は変わる。私も最近まで気付かなかったが、人間というものは些細なきっかけで容易く変わってしまうものらしい」

「叔母上……」

「案ずるな。私は髪を切ったことを微塵も後悔しておらぬ。…短髪というのはなかなかに快適なものだな」

リッカは美しい微笑みを浮かべ、短い髪をかきあげてみせる。

髪が短くなっても、彼女の華やかな美貌は変わらない。

「叔母上が嬉しそうで…何よりです」

ヒカルもやっと笑顔になる。

桜色の都の王女とはいえ、今は流転の國の住人。戦の後遺症に苦しみ続けてきた彼女の傷は癒され、傷だらけの王女という烙印からようやく解き放たれたのだ。

「…ところで、ヒカル。今日私がここに来た目的を忘れてはいないだろうな?」

「で、出来れば忘れたいです…」

「馬鹿者が!マヤリィ様が悩まれているとも知らずにそのようなことを申すか!タンザナイト殿を妃に迎えたいとはどう言った了見だ!?」

「マヤリィ様が…悩まれているのですか…?」

「当然だ。タンザナイト殿はマヤリィ様のお気に入りでいらっしゃる。それはもう可愛がっていらしてな、この子を手放したくないと仰せだった」

「マヤリィ様のお気に入り…ですか…」

それは完全に予想外だったとヒカルは思う。

「ああ。タンザナイト殿もマヤリィ様を母君のように慕っている。お前はそんなお二人を引き離すと申すのか!?」

「存じ上げませんでした…。マヤリィ様がそこまでタンザナイト殿を大切にしていらっしゃるなんて…」

「言い訳は無用。そもそも、マヤリィ様の配下に懸想するなど有り得ぬことであろう!…良いか?今後このようなことがあればマヤリィ様御自ら都に足を運ばれるかもしれん。その時はただでは済まされんぞ?お前もマヤリィ様の真の恐ろしさは想像出来るであろう?」

…いや、リッカさん。そのマヤリィ様に恐怖心を抱かせたのは貴女ですよ。

「マ、マヤリィ様御自ら…ですか?」

宙色の大魔術師様がお怒りになったら世界が滅ぶんじゃないの?ヒカルはその恐ろしさを想像して怯えると同時に、今日来たのが叔母上で良かったと思ってしまった。

「…叔母上。本日は貴女様が来て下さったお陰で、私はマヤリィ様の恐ろしさを見ずに済んだのでございますね」

「ん?」

「マヤリィ様に怒られたら…私は生きて行ける気がしません」

ヒカルは本気で怯え、震えながらリッカの前に跪く。

「叔母上、此度は私の軽率な行動で貴女様にまでご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。もう二度とこのようなことは致しません。この通りにございます」

「ヒカル…」

今にも泣きそうな顔で平謝りされては、これ以上叱る気にもなれないリッカ。

「…まぁ、今日の所は許してやろう。お前も反省しているようだしな」

わりとあっさり引き下がる。

それを聞いたヒカルは安堵するとともに、身体の力が抜けた。

「…ところで、叔母上」

「なんだ?」

「貴女様の切った御髪は…どうなされたのですか?」

「まだその話か。…どうしたもこうしたもない。捨てたよ」

「えっ…。あんなに大切にしていたのに…?」

「切ってしまったものを取っておいても仕方なかろう。…まさか永久保存しておくとでも思ったのか?」

「はい…思いました…」

「…全く。私をなんだと思っておるのだ」

「桜色の都の王女リッカ様です」

「今は流転の國の住人だがな」

「それもそうですが…貴女様は永遠に私の叔母上にございます」

そう言うと、ヒカルは突然リッカに抱きついた。

「ヒカル…!?」

「リッカ姉様ぁ……」

「……久しぶりに、そう呼んでくれたな」

早くに母親を亡くしたヒカルにとって、リッカは母のような姉のような存在である。幼い頃は『リッカ姉様』と呼び、よく一緒に遊んでもらっていた。リッカがレイン離宮に行ってしまった時は寂しくて泣いた。面と向かっては言いづらいが、今もヒカルはリッカ姉様が好きなのだ。

「ヒカル……情けない顔をして…」

そう言いながらリッカはヒカルを抱きしめた。

リッカにとって、ヒカルは可愛い甥っ子であり、かなり歳の離れた弟のような存在でもある。離宮に移り住んでからは連絡を取ることもなかったが、ツキヨが譲位したことを知ったリッカは都の情勢が気になり始めた。そして、ヒカルを心配するあまり、もう戻らないと決めていた王宮に帰ってきてしまったのだ。

…結局、また王宮を出ることになったけれど。

「ヒカル…。そんな顔をされては、お前が心配で流転の國に戻れぬではないか」

リッカは愛おしそうにヒカルを見つめ、珍しく優しい声で言う。

「では…ずっとここにいて下さいますか?」

「何を言っているのだ?本気か?」

「はい。私の傍についていて欲しいのです。…しばらく立ち直れそうにございませんので」

それを聞いたリッカはヒカルの頭を撫でた。

ヒカルは幼子のようにリッカに甘えた。

「リッカ姉様……」

「大丈夫だ。私はここにいるぞ、ヒカル」


流転の國にリッカからの文が届いたのは、暗くなってからのことだった。

「…リッカはうまくやってくれたようね」

「でも、いつ戻ってくるんでしょうか?」

「そうね…。数日、って所かしら」

マヤリィはそう言って微笑んだ。

リッカの文には、ヒカルに追い出されたら帰還致します、と記されている。












そして、数日後。

「もう我慢ならん。私は流転の國に帰るぞ!」

「はい!そうなさって下さい!!」

「…これは一体どうしたことですの?」

エアネ離宮から帰ってきたばかりのシャドーレは何が起きたか分からず、侍従からここ数日のヒカルとリッカについて聞くのだった。

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