第115話 片想い
次の日、シャドーレは国会に出席していた。
古き悪しき法律を変える為、今日も年老いた貴族と論戦を交わし、いつもの如く論破した。
「シャドーレ様、今日もお綺麗でしたね」
「レイヴンズクロフト公爵が羨ましいですな」
解散後、貴族達がささやき合うのは決まって『本日のシャドーレ様』である。
と言っても、いつにも増して輝いていたとか、今日も綺麗な声だったとか、年齢を重ねるごとに美しくなっていくとか、毎回似たような話だが。
シャドーレ本人は話の内容を知らないので、また何か盛り上がっているわね、と思いつつ特に気にも留めない。
「では、お先に失礼しますわ」
そう言って部屋を出ようとした時、
「シャドーレ、少し良いですか?」
ヒカルがシャドーレを呼び止めた。昨日は白魔術をかけるのに精一杯で聞けなかった『クロス』の話を聞こうと思ったのだ。
「現在の『クロス』の様子について聞かせて欲しいのです」
「畏まりました、陛下。…ですが、そういったお話でしたら私よりも隊長の方が詳しいですわ」
シャドーレはそう言いつつ、別の部屋に移動しながら報告する。
「第二部隊に関してはネス副隊長から報告を受けております。最終的に部隊として成立するだけの人数が集まり、まずは一人一人の実力を測る所から始めているとのことです」
ウィリアムとネスが心配していた人数だが、その点はクリア出来たらしい。
「本隊の訓練は今まで通り順調に行われているようですわ。これは昨日確認しましたので、ご安心下さい」
「昨日はどれが誰だか分からなかったのですが…新人は大丈夫ですか?」
「はい。三人とも馴染めているようですわ」
「スピカ・アーテルも大丈夫ですか?新人の中で唯一の女子とのことでしたが」
と言いつつ(昨日はどこにいたっけ?)と思うヒカル王だった。
「はい。彼女についても問題ありません。…実は、入隊初日に隊員の手を借りてスポーツ刈りにしたとか」
「えっ…?そうなのですか?」
今初めてスピカの髪型を聞かされたヒカルは驚く。だから昨日どこにいたのか分からなかったのか。
「ええ。私も驚きましたが、その髪型のお陰か、良い意味で女扱いされていないようですわ。採用試験の結果とはいえ、あの隊員達の中に女子一人と言うのは最大の懸念事項でしたが、皆はスピカを弟のように可愛がっているそうですの」
「弟、ですか…」
「ええ。スピカの方も満更ではないようで、当分の間はこの髪型を続けると言っておりました」
しかし、ヒカルはまだ驚きから抜け出せない。
「貴族の娘が…スポーツ刈りですか……」
「はい。皆が言うように男子にしか見えませんが、本人は気に入っているようですのでよろしいかと」
彼女が憧れている、プラチナブロンドの短髪を靡かせて長身痩躯を軍服に包んだ凛々しく美しい男装の魔術師……には程遠いが。
シャドーレの報告を聞いて驚いていたヒカルだが、やがて寂しそうな顔になった。
「…そうですか。それでは…恋どころではありませんね」
ヒカルはタンザナイトに突撃告白した時のスピカを思い出し、複雑な気持ちになる。
「私服はどうしているのですか?そのような髪型では、女性らしい服装が合わなくなってしまったのでは?」
国王らしからぬ心配まで始める。
「はい。最初は今まで着ていた服が似合わなすぎて困ったそうですが、同期の二人が新しい服を幾つか譲ったそうですの。スピカは背が高い方ですし、サイズも問題ないとのことでしたわ」
「そうですか…。それなら良いのですが」
ヒカルはシャドーレの言葉を聞いて少し安心した。
「ところで、今日は珍しくこのお部屋ですのね」
国王に連れられて入った部屋のドアには『VIP』の文字がある。
「はい。今は使われていませんし、ここならば誰にも聞かれないと思いまして」
と言いながらヒカルは急に小声になる。
「陛下、何のお話にございますか?」
「…タンザナイト殿のことです」
ヒカルは言う。
「また我が国に来て欲しいのですが、前回のことを考えると、困らせてしまうのではないかと思いまして…」
「そうですわね…」
あの一件に関してはシャドーレも反省していた。
完全に予想外だったとはいえ、もっと早く止めるべきだった。
「タンザナイト殿は見た目が美しいだけではなく、魔術の知識も豊富なので話していて楽しいのです。それに、同い年ですし…」
前回会った時はスピカの暴走もあり、想いを伝えるどころの騒ぎではなかったが、ヒカルは本気でタンザナイトに恋している。
「あの可愛らしい微笑み…優しい声…彼女の全てが忘れられないんです。出来るものなら妃に迎えたい…」
ヒカルは思い出しながら頬を染める。
白い背広に白い革靴というマニッシュなスタイルながら、品の良い立ち居振る舞いは女性らしく美しい。
「タンザナイト殿は流転の國に顕現した時から短い髪だったと聞いていますが、この間はさらに短くなっていましたね」
初めて会った時よりも短くなっていたライトブラウンの髪。時折軽やかに風に靡く様子を見ていると、サラサラしていて柔らかそうで、つい触ってみたくなってしまった。
「はい。先日のヘアスタイルもよくお似合いでしたわ」
シャドーレは頷く。
桜色の都の女性は長い髪が当たり前だが、流転の國にそのような風習はない。
「もしかして…陛下はショートヘアの女性がお好みですの?」
「…だとしたら貴女のせいかもしれませんよ、シャドーレ」
ヒカルはそう言って笑顔を見せる。
「我が国において美人と呼ばれるには、髪の長さと美しさは欠かせない条件です。なのに…断髪の黒魔術師は誰よりも美しかった」
初めて短い髪の女性を見た時の衝撃を今もヒカルは覚えている。
「貴女を見た時、その髪型を不思議に思ったのは事実です。でも、貴女は本当に魅力的で……気付いたら私は見とれていました」
ヒカルは素直に言う。
「それに…マヤリィ様もショートヘアでいらっしゃいます。あの御方が御髪を伸ばされた姿は想像もつきませんが、私としては今のままのマヤリィ様でいて頂きたい」
…ヒカル様、それ本人に直接言ってあげて。
「はい。私も同意致しますわ」
かつてシャドーレが流転の國にいた頃も、マヤリィの髪は短かった。
「マヤリィ様は…本当に素晴らしい御方です」
彼女のことを思い出すと、シャドーレはいつも胸が高鳴るのを感じる。
桜色の都で一番の黒魔術師と謳われるシャドーレにとっても、流転の國のマヤリィは別格の存在である。桁違いの魔力を持つ『宙色の大魔術師』であるというだけでなく、比類なき美しさと慈悲深さを備えた流転の國の絶対的君主だ。
因みに、年上好きのヒカルはシャドーレを王妃にしたいと思っていただけでなく、「流転の國の主様でなければ貴女に結婚を申し込むところでした」とマヤリィに言ったことがある(vol.6)。
が、かなり歳が離れている上にマヤリィは流転の國の女王陛下。
マヤリィを王妃に迎えられる日は決して来ないが、流転の國最年少にして自分と同い年の配下ならばもしかしたら…。
ヒカルが真面目な顔で考えていると、
「…陛下。やはりここはマヤリィ様にお願いし、タンザナイト様への想いを告げる他に方法はないかと存じます。…前回の一件もありますし、タンザナイト様に来て頂くのは気が進まないとおっしゃるなら、まずはマヤリィ様にお話しなさるのがよろしいのではないでしょうか?」
シャドーレは将来を見据え、力強く言う。
「タンザナイト様は強大な力を持つ流転の國の魔術師でございます。そのような方を桜色の都の王妃に迎えるとなれば、国民も歓迎してくれることでしょう」
「そうですね…。それが叶ったら、どんなに嬉しいことか…」
ヒカルは桜色の都と流転の國を比べて少し弱気になるが、ついに決心する。
「これから流転の國に書状を送ります。そして…ぜひタンザナイト殿を都にお招きしたい」
「畏まりましたわ、陛下。すぐにご用意致します!!」
(タンザナイト殿…貴女は誰かを愛したことがないと言っていた…。でも、私は貴女が好きなのです)
ヒカルはタンザナイトの微笑みを思い出し、彼女がいつも隣にいてくれたらと想像する。
(私は攻撃魔法を持たない頼りない男かもしれないけど、もし貴女が傷付いていたら癒したい…)
白魔術の権威ツキヨの才能を受け継ぐヒカルは、桜色の都における最上位白魔術師である。
(あの服装や髪型を見るに、貴女はドレスが嫌いなのでしょうか。もしそうなら、私は絶対に貴女にドレスを着てくれなんて言いません)
…ルーリさん、ヒカル王を見習え。
(私も…ナイト殿って呼んでみたいな…)
以前、マヤリィが彼女のことを『ナイト』と呼んでいたのを覚えている。
「陛下、使い魔の準備も万端ですわ」
「ありがとう、シャドーレ」
ヒカルはタンザナイトを想いながら、流転の國の女王に宛てて書状をしたためるのだった。




