第114話 特別顧問の一日
桜色の都のウィリアム・レイヴンズクロフト公爵は『クロス』の隊長を務めるほどの実力を持つ黒魔術師である。
その妻シャドーレ・メアリーは公爵夫人として国会にも顔を出し、夫の上役にあたる『クロス』の特別顧問を務める最上位黒魔術師である。
国王の信頼厚く、最上の爵位と魔術師としての実力を兼ね備えた桜色の都最強の夫婦として、国民からの人気も高い。
「おはようございます、シャドーレ様!」
「おはよう。朝から元気ですわね」
「はっ!今日も元気にございます!」
「それは良いことですわ」
シャドーレが『クロス』の訓練所に現れると、隊員達が集まってきて口々に挨拶する。
賑やかな空気の中、
「おはようございます、シャドーレ様」
静かな声で挨拶したのは新人のスピカだった。
『クロス』に入隊してしばらく経つが、シャドーレに会うのは都を訪れたタンザナイトに突撃告白した日以来だ。
「おはよう、スピカ。『クロス』には慣れましたか?」
「はっ。先輩方の教えを受けながら研鑽の日々を送っております」
「それは何よりですわね。…ところで、その頭は一体どうしましたの?」
シャドーレは首を傾げてスピカを見る。
「はっ。同期二人が入隊初日にこのような髪型で現れましたので、私もそれに倣おうと思った次第にございます」
ショートボブだったスピカの髪はスポーツ刈りになっていた。
「…随分と思いきりましたのね」
「はい。我々も驚きました。入隊初日の昼休みに突然髪を刈りたいと言い出しまして…」
「ちょうどバリカンを持っていたので、本人の了解を得て僕が刈りました」
「嫌がられると思ったのですが、スピカは全然気にしていない様子で…」
その場に居合わせた隊員達が順番に説明する。
聞けば、やはりスピカは猪突猛進女子かもしれない。
「私、今から理髪店に言って参ります」
スピカが突然そんなことを言い出したのは入隊初日の昼休憩の時だった。
「ちょっと待てよ。いきなりどうしたんだ?」
隊員の一人が今にも走り出しそうなスピカを止めた。
「私も二人と同じように短く刈り上げようと思うのです」
そう言って同期の二人を見る。
「いや、俺達はたまたま同じ髪型だっただけなんだけど…」
しかし、スピカは揺らがなかった。
「いえ、私は決めました。この長さでは結ぶことも出来ませんし、邪魔なだけです」
「本気か?こいつらと同じにしたら、伸びるまでに相当時間がかかるぞ?」
「お前、貴族の娘なんだろう?」
先輩達は止めたが、スピカは頑固だった。
そのうちに隊員の一人が言った。
「そんなに切りたいなら切ればいいじゃん?俺達がどうこう言う話じゃないと思うけどな」
「確かに、そうだな」
「シャドーレ様もベリーショートになさっているし、問題ないんじゃないか?」
そして、例の隊員が言う。
「今からじゃ時間ないし、すぐに切りたいなら僕がやってあげるけど…男が使ったバリカンなんて嫌だよね?」
しかし、スピカは言った。
「いえ、全然嫌じゃないです!ぜひともお願いします!」
そんなわけで急遽スピカのヘアカットが始まった。
彼はショートボブの髪を鋏で手早く粗切りすると、思いきりよくバリカンで刈り上げた。
側頭部も後頭部も短く刈り上げ、あっという間にスピカの髪はスポーツ刈りになった。
少し前までは貴族の令嬢らしく美しい髪を腰まで伸ばしていたというのに、ショートボブを経て、スポーツ刈りになってしまった。
お世辞にも似合っているとは言えないが、スピカは晴れ晴れとした顔でお辞儀する。
「ありがとうございます!さっぱりしました!」
その瞬間、黙って見守っていた隊員達が騒ぎ始めた。皆、口々にスピカを褒めた。
新人の中に女子がいると聞いた時は、どういう接し方をすれば良いのだろう…と皆、内心戸惑っていたのだが、目の前の女子は誰よりも男前だ。
「そんなわけで、スピカの頭はこれからもこいつが担当することになりました」
「…そうでしたのね」
一部の隊員達が互いの髪を整えていることはシャドーレも聞いているし、かつて自分もダークに切ってもらったことがある。
「それにしても、ずっとその頭でいるつもりですの?」
「はい。とても快適ですし、当分は伸ばせそうにありません。先輩に甘えまして、これから先も頭を刈ってもらおうと思っております」
「…そうですか」
「はい!シャドーレ様、スピカは俺達の弟みたいなものですよ」
「こうして見ると本当に男子みたいですよね」
「むしろ僕より男前だと思います」
懲りもせず騒ぎ出す隊員達を見て、もはや誰もスピカのことを女として見ていないことに気付き、シャドーレはある意味安心する。
「貴方達がうまく馴染めているようで安心しましたわ。皆、これからもよろしく頼みますわよ!」
「はっ!!」
皆は一斉に頭を下げる。
そして、シャドーレ様のお言葉はこれで終わりかと思ったら…。
「せっかくですから、久しぶりに私が相手になりますわ」
そう言ってシャドーレは着ていたローブを脱ぐと『暗黒のティーザー』を取り出す。
(シャドーレ様…美しい……!)
その凛々しさと輝くばかりの美貌を前にして、隊員達は息を呑む。
(男装の麗人とはまさしくシャドーレ様のことだ…!)
190cmの長身を生かして漆黒の長槍を容易く扱いこなし、華奢な身体のどこに力を隠し持っているのかと思うほど物理戦にも長けているが、本職はあくまで黒魔術師。
「さぁ、どこからでもかかって来なさい!遠慮は要りませんことよ!!」
「はっ!!」
いつまでも見とれているわけにもいかず、隊員達は桜色の都の最上位黒魔術師に挑む。
が、数分後には一人残らず地面に倒れていた。
(やりすぎたかしら…)
と少し反省するシャドーレ。
そこへ、声をかける者がいた。
「シャドーレ。貴女の強さは規格外なのですから、もう少し手加減してやって下さい」
「陛下…!」
見れば、訓練所の入り口にヒカル王が立っている。
「申し訳ございません、陛下。久しぶりだったものですから、つい熱くなってしまいましたわ」
「はい。しっかりと見ていましたよ。とても美しい黒魔術でした」
ヒカルはそう言って中に入ると、気を失った隊員から順番に白魔術をかけていく。
シャドーレは白魔術を使えないが、以前マヤリィから大量に賜った『全回復』の宝玉を使って回るのだった。
その夜、シャドーレは宿舎の応接間でウィリアムと話をした。今日のことを報告する為だ。
「…そうか。彼女が困っていないか心配していたけど、杞憂だったみたいだね」
一番の懸念事項はやはりスピカだったらしい。
「ええ。私も安心しました。スピカのことを弟みたいだ、なんて言う者もいましたわ」
「そうか。うまく馴染めているみたいで良かった。…とはいえ、これからも注意深く見守っていくよ」
多忙なウィリアム隊長だが、書類仕事ばかりしているわけにもいかない。
「ええ。お願いします。あなたが見ていてくれるなら安心ですわ、ウィル」
「そう言ってもらえると嬉しいよ、メアリー」
その時、二人は『クロス』の役職を離れて、夫婦の顔になる。
「ところで、今日はここに泊まるの?そろそろミノリが心配しはじめる時間じゃない?」
公爵邸のメイドであるミノリ・アルバ嬢は、連絡がない限りシャドーレが帰ってくるまで起きて待っている。
「そうですわね。あなたがいるなら、私も今夜は宿舎に泊まりますわ。邸にはすぐ使い魔を送りましょう」
そう言いながらシャドーレは簡単な手紙を書いて使い魔に託す。
すると、
「シャドーレ様。もしやと思いますが…これから私の部屋にいらっしゃるのですか?」
ウィリアムが笑顔で訊ねる。
それを聞いたシャドーレは、
「もう、ウィルったら…。分かっているのに毎回同じことを聞きますのね」
と言って夫にしか見せない甘えた表情になる。
「私が他に行く所はありませんわ。…ねぇ、あなた?」
「ふふ、メアリーが一途な女性になって嬉しいよ」
「あら、それってどういう意味ですの?」
「そうだね…どういう意味かな?」
公爵夫妻は微笑みを交わすと、そっと唇を重ねるのだった。




