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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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⑪貴女を頂戴

王都に戻ったシャドーレとクラヴィスの報告を受けたヒカル王は、緊急の現状打開策として、行き場のない子供達を保護する施設を用意し、雇用を増やすことを決めた。

「これから臨時国会を開きます。よろしく頼みますよ、シャドーレ」

「はっ。畏まりましたわ、陛下」

シャドーレはそう言って頭を下げる。

もはや国政に欠かせない人物である。

「取り急ぎ、国境線近くの市町村を調べさせました。このデータによれば、ここ数年、該当のエリアの人口は増え続けているようです」

ヒカルは資料を取り出し、二人に見せる。

「しかし、人が増えたからといって仕事も増えるとは限りません。人口増加の理由は分かりませんが、貧困層が多くなった原因は働ける場所が少ないことにあるようですね」

経済的に苦しい家庭の子供は働ける年齢になると家から出され、裕福な家の下働きをすることがあるらしいが、そういった働き口が存在しない。それどころか大人が働く場所もない。

シャドーレはミノの言葉を思い出す。

『「子供を殺したら罪になるから、桜色の都の法律が適用されない砂漠に捨てにくるんだって。国境線近くの町にはいらない子がたくさんいるんだよ」』

「命の保証をするだけでなく、精神的なケアも必要になりますわね」

精神強化魔術が解かれれば、子供達は残酷な現実と真っ向から対峙することになる。

「はい。緊急の打開策もそうですが、根本的な解決策も考えなくてはなりません。これ以上、悲しい子供を増やすわけにはいきませんから」

ヒカルはそう言うと、急遽国会を召集し、緊急の対策本部を立ち上げるのだった。


「今、桜色の都の国王陛下はこの問題を解決する為の臨時国会を開こうとしているわ。彼はまず雇用を生み出し、それと同時に子供達を国の施設に保護しようとしている」

ヒカル王の言葉をクラヴィスから逐一『念話』で聞きながら、マヤリィはリュートとステラに説明する。

ステラは『憧れの人』の登場に歓喜し、これは夢ではないかと思いつつ、胸の高鳴りをおさえながら、難しい話を一生懸命聞いている。

「施設に保護するとは…あたし達のことでございますか?」

「ええ、そうよ。子供達のことを思っての対応でしょうけれど、施設に入ってしまえば二度と砂漠には来られなくなるわ。本来、何らかの事情がない限り国境線を越えることは許されないの」

マヤリィは言う。

「だから、貴女達は選ばなければならない。このまま砂漠で巨竜種の皆さんと生きていくのか、もしくは桜色の都に戻って保護されるのか。前者を選べば二度と都には帰れないし、後者を選べば二度と砂漠に来ることは許されない。…どちらかを選べなんて、それこそ残酷な話よね」

「はい。此度の一件で、我等巨竜種には国境線から遠く離れた砂漠まで移動するよう要請が来ると思います。覚悟はしていましたが、寂しいことですね…」

リュートは肩を落とす。この問題を解決しようと決めた時から、こうなることは予想していた。

しかし、どちらが子供達にとって幸せな選択なのかは誰にも分からない。

「畏れながら、女王様…」

「マヤリィでいいわよ。何かしら?」

「はっ。私達の中には将来桜色の都に戻って黒魔術師になることを夢見る者もいます。巨竜種の方々と今ここで生きていることは間違いなく幸せなことにございますが、皆の将来を考えると、都に戻るべきなのではないかと思います」

ステラは言う。

「ええ、そうね。…けれど、貴女が皆の将来を考える必要はないのよ」

「えっ…」

「確かに、これまでずっと貴女はここにいる子供達を支えてきた。…勿論、今もそうよね」

マヤリィはステラの目を見て話す。

「けれど、彼等が都に戻るか戻らないかを決めるのは貴女ではない。貴女が決めなくてはならないのは、自分のことだけよ」

「あたしのこと…にございますか?」

「ええ。私は貴女の意思が知りたい。桜色の都に帰るのか、永遠に砂漠で暮らすのか…。これは貴女にしか決められないことなのよ、ステラ」

リュートは二人の会話を黙って聞いていた。

彼がいなければ誰も助からなかったというのに、彼には何の選択権もないのだ。

しかし、口を出すことくらいは出来ると気付く。

「…ステラ。君は桜色の都に帰った方がいい。ここで消耗した身体を休めて、まずは健康を取り戻すんだ」

リュートは言う。

「桜色の都は白魔術大国だと言うけど、君ならきっと上位の白魔術師になれる。そうしたら、将来は王都で暮らせるんだよ」

「兄さん…」

ステラの声は震えていた。

泣いてるのかと思ったら、

「マヤリィ様の御前で大変申し訳ございません!…だけど言わせてもらうよ。兄さんのバカ!!」

ステラはそう叫んでリュートをぶん殴る。

「あたしは都になんか帰りたくねぇ!ってか、なんであたしを捨てた都の為に白魔術師にならないといけねぇんだよ!?」

ステラは本気で怒っていた。

「都に戻りたい奴は戻ればいい。…だけど、あたしはどうしても許せねぇ。保護するとか…今更すぎんだろ…」

そう言ってリュートをポカポカと殴るステラだが、彼女の弱々しい物理攻撃は空しかった。

「なんであたしは人間種なんかに生まれたんだろ…。最初から巨竜種だったら、何にも脅かされずリュート兄さん達と暮らせたのにさ」

「ステラ、悪かったよ…。僕が余計なことを言ったせいで君をもっと苦しめてしまった…」

リュートはそう言って俯く。

「僕の可愛い妹…。どうしたら君は幸せになれるんだろう…」

「兄さん…!」

リュートとステラが身体を寄せ合って泣いていると、マヤリィが無茶なことを言い出した。

「…ステラ。貴女の回復魔法で幻系統魔術を打ち破ることは出来るかしら?」

「幻系統魔術ですか…?畏れながら、今までに経験がございません」

初めて聞く魔術に首を傾げるステラ。

「…そう。それでも、やってもらうわよ。…『幻惑』魔術発動。リュート殿、悪いけれど協力して頂戴」

マヤリィがそう言って指を鳴らすと、リュートは幻惑魔術にかけられた。

「えっ…」

突然白魔術師としての力を試され、ステラは呆気に取られて動けない。

しかし、リュートの苦しそうな声を聞いて我に返った。

「ステラ……」

「兄さん!!」

実際は全くダメージを受けていないのだが、マヤリィの幻系統魔術は強力である。

幻惑魔法をかけられてよろよろしているリュートを前にして、どんな白魔術を使えと言うのだろう。

「さぁ、白魔術を発動して頂戴。そうでなければ、いつまでもこの時間が続くことになるわよ?」

「っ…」

ステラは唇を噛みしめ、苦手な回復魔法を発動してみるが、マヤリィに敵うはずがない。

「マヤリィ様、お願い致します!魔術を解いて下さいませ!」

ステラはその場に跪き頭を下げるが、

「貴女の白魔術で私を満足させてくれたら解いてあげるわ」

マヤリィはそう言うだけだった。

14歳の白魔術師相手に鬼畜すぎませんか、マヤリィ様。

「っ…」

そうしている間にもリュートは動けなくなる。意識が朦朧としてきたらしく焦点が定まらない。

「どうしたの?皆を救ったという貴女の魔術を私にも見せて頂戴」

マヤリィは微笑む。それがあまりに美しいので怒る気も失せるが、ここに座っているのがマヤリィじゃなかったらぶん殴ってるところだ。

「…そうね。何も発動出来ないなら、魔術具を使ってみる?」

言い方は意地悪だが、マヤリィは優しく微笑みながらステラにマジックアイテムを差し出した。

「ありがとうございます…」

戸惑いながらそれを受け取ると、急に魔力が漲り始めた。

「…………!!」

何も言えずに初めてのマジックアイテムを握りしめるステラ。

「それは『流転の星杖』。白魔術師でなければ使うことの出来ない魔術具よ」

マヤリィは相変わらず涼しい顔で言うが、幻惑魔法は途切れることなく続いている。

「っ…」

ステラは力を振り絞り、リュートの為に回復魔法を発動する。

「『状態異常解除』『全回復』…発動せよ……!」

それは確かに成功した。

「……予想以上ね」

マヤリィがそう言って指を鳴らすと、全ての魔法が解けた。

リュートは幻惑魔法から解放され、何が起きたか分からないといった顔でステラを見る。

「ステラ…その杖は……?」

「えっ…?」

握りしめたままの『流転の星杖』は光り輝いていた。

「畏れながら、マヤリィ様。なぜステラに魔術具を持たせたのですか…?」

リュートが不思議そうに聞く。

「突然でごめんなさいね。ステラの実力が見たくなったのよ」

「あたしの実力、ですか…?」

「ええ。…どうやら、そのマジックアイテムは貴女のことが気に入ったみたいね」

マヤリィは言う。

そして、急に真面目な顔になる。

「…ねぇ、ステラ?」

「はっ。何でございましょうか?マヤリィ様」

微笑んでいても怖かったのに、急に真剣な顔をされると何事かと思う。しかし、ステラはその美しさに魅了され、目を逸らすことも離れることも出来ない。夢魔固有の特殊能力『魅惑』を持たずして人を惹き付ける女。それが流転の國の最高権力者である。

「貴女の将来の決定権、もらってもいいかしら?」

「えっ…」

先に反応したのはリュートだった。

「そ、それは…ステラが桜色の都に戻るか、砂の王国に留まるか、という選択をマヤリィ様がなさるということでしょうか…?」

「いえ、違うわ」

マヤリィは即座に否定する。

「ステラには、流転の國に来て欲しいと思っているの。女王(わたし)直属の配下となり、貴女の白魔術の力を我が國の為に尽くしてもらいたい」

「…………」

ステラは混乱する。桜色の都の話をしていたら突然リュートが魔法にかけられ白魔術を発動するよう言われ魔術具を渡されそれが光り輝いたと思ったら魔法が解けた。そして、マヤリィ様からのお誘いである。

「国王陛下が打開策を施行する前に返事を頂戴。言っておくけれど、強制はしないわ。どちらを選んでも貴女と私の関係は変わらないし、私は必ず貴女の選択を受け入れる。本当よ」

決定権が欲しいと言いつつ、最終的には自分に選ばせてくれるマヤリィ様。

「マヤリィ様……」

ステラはその先が言えなかった。色々な感情が混ざり合い、涙があふれて止まらない。

「ごめんなさいね、ステラ。貴女の実力をゆっくり見極めている時間はなかったの。無理をさせて悪かったわね」

「マヤリィ様ぁ…!」

女神のような微笑みをたたえたマヤリィに抱きしめられ、ステラは幼子のように泣きじゃくった。よれよれの白衣の袖で涙を拭いながら、マヤリィから離れなかった。

(14歳…とは聞いたけれど、小学生くらいに見えるわね。体格のせいかしら)

厚底のブーツを履いているが身長は150cmに満たず、身体は痩せ細っている。

(それにこの傷痕…。都に帰りたくない気持ちがよく分かるわ)

「…ステラ。少しの間ここを離れる前に、貴女にあげたい魔術があるの」

マヤリィは宙色の耳飾りを揺らし、ステラを抱きしめたまま、

「『完全治癒』魔術、発動せよ」

その瞬間、彼女の全てが癒された。誰にも理由を明かさないでいた傷痕も消え去った。

「…マヤリィ様、どうしてあたしが虐待されていたことをご存知なのですか…?」

「私は何も知らないわ。ただ、今の貴女に必要な魔術をかけただけよ」

「マヤリィ様…あたしは……」

そう言いかけて、ステラは眠ってしまった。

「完全治癒魔術をかけた後はしばらく睡眠が必要になるの。目覚めるまで、傍にいてあげて頂戴」

マヤリィはリュートにそう言うと、同時に『宝玉』を手渡した。

「畏れながら、マヤリィ様。これは…?」

「『全回復』の宝玉よ。これがあれば、誰でも全回復魔術を使えるわ。一度きりね」

一度きりと言いつつ、マヤリィはリュートの巨大な手に余るほどの宝玉を取り出して与えた。

「ヒカル殿から具体的な打開策を聞き次第、私はここに戻ってくるわ。…リュート殿、子供達の名簿はあるかしら?」

「はい。すぐにご用意出来ます」

リュートはそう言って頭を下げると、マヤリィに訊ねる。

「…畏れながら、マヤリィ様。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ええ。言ってご覧なさい」

「ありがとうございます。…なぜ、貴女様はステラをご自分の配下にしようと思われたのですか…?」

確かにステラの魔力値は高いが、まだ子供だし、見た目はこんなだし、宙色の大魔術師の目に留まるほどの特別な何かを持っているようには思えない。

リュートが真剣な面持ちで返事を待っていると、

「そんなの決まっているでしょう?」

マヤリィは明るい声で答えた。

「私は彼女のことがとても気に入ったの。…それだけよ」

憧れのマヤリィ様に翻弄されまくるステラ。

『流転の星杖』は本来シロマが受け取るはずのマジックアイテムでしたが、彼女は元いた世界で使っていた『ダイヤモンドロック』とともに流転の國に顕現した為、長らく宝物庫にしまわれることとなりました。


「彼女のことがとても気に入った」。

かつてマヤリィは同じような理由でシャドーレを自分の配下にしたことがあります(vol.1参照)。

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