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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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第110話 本当の悪魔は誰?

こんな形で貴女との関係を終わらせるなんて、私の方が悪魔みたいね。

「おはよう。今日は皆に大切な話があるの」

マヤリィは玉座の間に現れるなり、皆の顔を見渡しながらそう言った。

「大切な話だけれど、とても個人的な話でもあるわ。…どうか、最後まで聞いて頂戴」

「はっ!」

いつもと様子の違う女王を見て、配下達の間に緊張感が漂う。

「では、結論から言いましょう。…私はジェイのことを心から愛している。本気で彼と結ばれたいと思っているの」

「…………!!」

突然の話に皆は戸惑うが、マヤリィは構わず話し続ける。

「けれど、私達は女王と側近。立場の違いは弁えているつもりよ。…その上で貴方達にお願いがあるわ。結婚することは叶わなくとも、ジェイと私の関係を認めて欲しい。私が生涯ジェイだけを愛し続けることを誓わせて欲しいの」

マヤリィがそう言うと、ジェイが言葉を繋いだ。

「皆、突然のことで驚かせてごめん。でも、僕はずっと昔からマヤリィ様を愛してきたんだ。…そう、流転の國に来る前からね」

ジェイはもう何も怖くなかった。驚いて戸惑う皆の視線も、彼女の視線も、何一つ怖くなかった。

「今も昔もこれから先もずっと、僕の愛する女性はただ一人、マヤリィ様だけだ。僕は彼女を愛し、彼女を守る為に生まれてきた。…無論、身分差を無視してまで彼女と結婚しようとは思わないけど、皆に一つお願いがある。生涯マヤリィ様だけを愛し続けることを誓わせて欲しい」

二人の願いは同じ。

一生の愛を皆の前で誓いたい。

「…………」

マヤリィとジェイの言葉を受け止めようとしつつも誰も何も言えないでいる中、

「承知致しました。では、これから僕はジェイ様のことを父上様とお呼びすればよろしいのですね?」

タンザナイトはいつもと変わらぬ真顔で淡々と話す。

「僕なんかがこのようなことを述べるのは大変烏滸がましいことにございますが、お二人は素晴らしい結論を出されたと思います。身分差を超えずに永遠の愛を誓うことは、とても難しい選択であったはずですから」

皆が黙り込んでいるのでタンザナイトは話し続ける。

「僕は女王様とジェイ様を心から祝福したいと思います。…そもそも、異論をお持ちの方などいらっしゃいませんよね?」

その時、ピリッとした空気が一瞬だけ玉座の間に流れた。

直後、シロマが沈黙を破る。

「私もナイト様に同意致します。どうか、私からもご主人様とジェイ様に祝福の言葉を述べさせて下さいませ」

「わ、私からもよろしいでしょうか…?マヤリィ様、ジェイ様、このたびはおめでとうございます!…で合っていますよね?」

「クラヴィス、少し落ち着いて下さい」

「すみません…!実は私、今凄く嬉しいものですから…」

シロマとクラヴィスの会話は既に夫婦。

「畏れながら、マヤリィ様。本日は貴女様の大切なお話を聞かせて下さり、感謝致します。…これからはジェイ様、と呼ぶべきであろうか?」

リッカにそう聞かれたジェイは首を横に振る。

「ううん。ジェイでいいよ。…身分は弁えてるって言ったでしょ?それに、同い年だしね」

「承知した。では、こののちもジェイと呼ばせてもらおう。…貴方は幸運の持ち主だな」

「いえ、幸せなのは私の方よ」

側近でありながら女王の愛を掴んだジェイは運が良かったのだと思うリッカの言葉をさらっと否定して、マヤリィは美しい笑みを見せる。

「本当は、私達の間に身分差はないの。女王と側近という関係になったのは流転の國に来てしまったからなのよ。とはいえ、流転の國に来なければジェイとこんな風に話せることもなかったから、結局は良かったのだけれど」

リッカにはよく分からなかったが、マヤリィもジェイも皆も嬉しそうにしているのを見て、自分も笑顔になるのだった。


そして、皆に自由時間を言い渡し、解散した後……。

「私に何か言いたいことがあるのでしょう?」

マヤリィの他にもう一人、玉座の間に残った人物がいた。

「怒っていいのよ?私は何も言わずに貴女を振ったのだから」

「…………」

「けれど、これだけは信じて頂戴。私がジェイに永遠の愛を誓ったのは、貴女が浮気したからではないのよ?」

「…………」

「何とか言ったらどうかしら。…ねぇ、ルーリ?」

マヤリィの前に跪いたルーリは俯いていたが、ようやく顔を上げる。

「申し訳ございません、マヤリィ様…」

ルーリの顔には生気がなかった。

「貴女様の幸せを素直に喜べない私は…やはり悪魔にございます」

「いいえ、貴女に何も言わなかった私が悪いのよ。貴女だって…私の恋人だったと言うのにね」

『だった』という言葉がルーリの心に突き刺さる。

「マヤリィ様、私が貴女様を抱くことは…もう叶わないのですね」

「ええ。二度と貴女の『魅惑』は受けないわ」

「お部屋に行くことも…出来ないのですね」

「ええ。特別な用事がない限りは無理よ」

「マヤリィ様ぁ…!」

ルーリはその場で泣き崩れる。

「マヤリィ様…!私は…今や『流転の國のNo.2』でもなく、貴女様の恋人でもありません…。ルーリは…己の存在意義を見失ってしまいました…」

ジェイには敵わないと思いつつ、ずっとマヤリィ様の恋人でいられると信じていた。誰よりもマヤリィのことを理解し、支えられる者でありたいと思ってきた。なのに…。

「マヤリィ様、私はもう要らない存在なのでしょうか?」

「そんなことないわ。貴女は私の大切な配下であり、流転の國の仲間よ」

「されど…今の私が貴女様にして差し上げられることは何もございません…」

「いいのよ、それで。これからは自由に生きて頂戴。私は中途半端な気持ちで貴女を縛りたくない。…今までごめんなさいね、ルーリ」

「マヤリィ様ぁ…!」

ルーリは泣き崩れる。

なぜもっとマヤリィとの時間を大切にしなかったのか。

運命に定められた愛はいつどこで消えてしまったのか。

「マヤリィ様ぁ…」

泣きながらその名を呼んでも、彼女は抱きしめてくれない。

(本当に…私達の関係は終わったのですね……)

今まで、ルーリは当たり前のようにマヤリィを抱いてきた。

だが、これから先マヤリィに手を付けようとすれば、ジェイが黙っていないだろう。今度こそ『能力強奪』の禁術にかけられてしまう。

「ごめんね、ルーリ。こんな形で貴女との関係を終わらせるなんて、私の方が悪魔みたいね」

マヤリィとルーリが恋人だったことを知るのは、ジェイとタンザナイトだけ。他の皆は今日初めてマヤリィとジェイの仲を知ったように、マヤリィとルーリが付き合っていたことを知らない。

ルーリはしばらく泣いていたが、やがて姿勢を正し、玉座を見上げる。

「申し訳ありません、マヤリィ様。お見苦しい所をお見せしてしまいました…」

そう言って深く頭を下げると、

「私などの為にお時間を取って下さり、ありがとうございました。…失礼致します」

ルーリはそのまま『空間転移』した。

何も考えずに転移した先は美容室だった。

「第7会議室か…。よりにもよって今ここに来てしまうとは…」

かつてこの場所で何度もラピスラズリを抱いたことを思い出す。

「マヤリィ様は私を愛して下さったのに、私はなぜマヤリィ様を裏切るような真似を繰り返してしまったのだろう…」

そう呟いたルーリの頭に『貴女の浮気は今に始まったことじゃないのだから思い詰めないで頂戴』というマヤリィの言葉が甦る。

夢魔の本能に抗えず、遊びすぎた日々。

永遠の愛を誓った女性がいるにもかかわらず、魅惑を制御出来なかった日々。

結果、誰よりも優しく美しく素敵なひとを失ってしまった。

(…自業自得なのは分かってる。でも、きっと私は立ち直れない……)

その時、第7会議室のドアをノックする音がした。

「…入ってくれ」

「失礼致します、ルーリ様」

そこへ現れたのはタンザナイトだった。

「タンザナイト…!」

「やはりここでしたか、ルーリ様」

「ああ。もしかして、私を心配して来てくれたのか?」

「はい。一人で泣いているのではないかと思いまして」

「お前…優しいな…」

相変わらず真顔だし、ストレートな物言いをするが、彼女なりに心配してくれているのがルーリには痛いほど伝わってきた。

「タンザナイト…。私はこれからどうしたらいい…?」

ルーリはタンザナイトの前で大泣きする。

今回の件に関してはナイトも知らなかったが、

(母上様は…ルーリ様にも伝えていなかったんだな)

と気付き、今のルーリを見て可哀想に思った。

「ナイト…。私に『能力強奪』魔術をかけてくれないか?」

「魅惑を手放すと言うのですか?」

「ああ。私はもう夢魔でいたくないんだ…」

「ルーリ様……」

「…そうだ。お前『人化』魔術もかけられるんだっけ?」

「はい。可能です」

「確か、普通の人間種の51歳になるんだったな」

「はい。その通りです」

「私が人間になったら…更年期か……」

「人間の年齢的にはそうですね」

「白髪になるのかな…」

「個人差はあるみたいですけど、恐らくは」

「シワも増えるのか…」

「さっきより悲観的な顔してますけど大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。マヤリィ様の恋人でいられないなら、いっそ若さを捨ててしまおうと思ってな」

「若さ…ですか。それは大切なものですか?」

「そうだな…。どうなんだろう…?」

いざ聞かれてみるとルーリにも分からなかった。

すかさずタンザナイトが言う。

「迷っているならとりあえず『人化』は後にして下さい。ルーリ様のお心が定まったら、その時は僕が引き受けますから」

「…分かった。お前の言う通りにするよ」

ルーリは素直に頷いた。

「よろしければカフェテラスにでも行きませんか?今日はルーリ様のお話に付き合いますよ」

「それは嬉しいが…カフェテラスに言った所でお前は何も飲めないだろう?」

「そうですね…。では、衣装部屋はどうですか?…僕は着替えませんけど」

「ああ。もう二度とお前にドレスは着せないよ」

ルーリはそう言って俯く。

「あの時は無理強いして本当に悪かった。…今更だが、謝らせてくれ」

「気にしないで下さい、ルーリ様。あの作戦のお陰でリッカ様を流転の國に留めることが出来たのですから」

タンザナイトは淡々とした口調で話を終わらせると、

「そんなことより、ルーリ様の新しいドレスを探しに行きましょう」

憔悴しきったルーリを励まそうとする。

「いや…ドレスは沢山持ってるから…」

「何着あったっていいじゃないですか」

「でも…今は衣装部屋に行く元気がない…」

ルーリはそう言うと指を鳴らした。

一瞬で着替える魔術を発動したのだ。

「そういう形のドレスもあるんですね」

パンツスタイルのドレスに着替えたルーリをタンザナイトが物珍しそうに見る。

「ああ。これから髪を切ろうと思ってな。それで、ドレスも替えてみた」

ルーリは言う。

「私は巻き髪をやめる。…というより、ウェーブをかけられないほど短くするつもりだ」

「僕よりも短くなさるのですか?」

「ああ。マヤリィ様が褒めて下さった髪だからな。もうお傍近くにいられないなら、髪を巻く意味なんてない」

そう言いながらも、ルーリの巻き髪を見て『本当に美しいブロンドね』と褒めてくれたマヤリィの言葉が甦る。

だが、それさえも忘れたい。

美しいブロンドも今限りだ。

「頼む、タンザナイト。止めないでくれ」

「ルーリ様……」

タンザナイトにしては珍しく少しだけ躊躇したが、ルーリの気持ちを否定することなく、小さく頷いた。

「分かりました、ルーリ様。僕は止めません」

「ありがとう、ナイト…」

ルーリは弱々しく微笑むと、思いがけない器具を取り出した。

(ルーリ様…。確かに、もう巻き髪は出来なくなりますね)

その手に握られたバリカンを見て、タンザナイトは珍しく悲しみの感情を抱く。それでも、ルーリを止めることはしなかった。

(思えば、これを自分の髪に使うのは初めてだな)

そして、ルーリはスイッチを入れると、迷わず自分の額の真ん中に当て、一気に頭頂部まで刈った。

(ルーリ様…!)

取り返しのつかない光景を目にして、悲しみの感情は深くなる。

タンザナイトの目の前で、金色に輝く髪が散っていく。

「こんな感じかな…」

自身の頭を丸刈りにしたルーリは、刈り残しがないか鏡で確認する。

「意外と似合っていると思わないか?」

「はい…」

絶世の美女は丸坊主になっても美しいが、タンザナイトはそう答えたきり何も言えなかった。

が、意を決してルーリを抱きしめる。

「ナイト…!?」

「僕はルーリ様が好きです。恋愛方面じゃないですけど、でも…!」

その瞬間、二人の足元に魔法陣が出現する。

「流転の羅針盤よ、我に力を与え給え!」

「ナイト!?何をするつもりだ?」

「『魅惑』発動せよ!!」

「っ……!」

タンザナイトは『流転の羅針盤』に膨大な魔力を注ぎ込み、魅惑魔法を発動した。

「ルーリ様の浮気で母上様が悩まれていたことは知ってます。でも、今のルーリ様を放っておけるわけがないでしょう?」

「だ、だけど…お前、その姿……!」

ルーリは息を呑む。

悪魔種でなければ出来ないはずの『夢魔変化』…というよりも『悪魔変化』をタンザナイトはやってのけたのだ。悪魔変化をした今、ナイトはヴァンパイアのような姿をしている。

しかし、これは間違いなくタンザナイトだ。

「ルーリ様、僕は貴女様を癒したいんです。貴女様は…どうしたら満足して下さいますか?」

「どうしたら、って……」

ルーリはナイトの『悪魔変化』に動揺していた。

動揺しすぎて自分の魅惑を発動するのを忘れている。

「待ってくれ、ナイト。今この瞬間にもマヤリィ様の無意識下の『魔力探知』は発動している。お前の強大な魔力に気付かないわけがない」

「いえ、大丈夫です。今この部屋には『魔力探知阻害』魔術をかけておりますので」

タンザナイトは事もなげにそう言うと、魅惑魔法の力を借りてルーリに迫る。

「貴女様をここまで追い詰めたのは僕の母上様です。代わりと言ってはなんですが…僕の身体で許してくれませんか?」

狼狽えるルーリを抱きしめ、耳元でささやくナイト。

「今ならセックス出来ますよ。僕は…自分自身にも魅惑をかけてますから」

「ナイト…!」

「どうです?ルーリ様を振った残酷な女の娘を犯すというのも悪くはないでしょう?」

「お前…本当にナイトだよな…?」

ルーリはあまりの変わりように恐れ慄く。何が怖いかと言えばその姿ではなく、中身まで悪魔のように変わってしまっていることだ。

「僕をめちゃくちゃにして下さい、ルーリ様。そうしたら、少しは貴女様の気が晴れるかもしれませんよ?」

「ナイト……」

「設定とはいえ19歳です。処女です。いかがでしょうか?」

「ナイト……」

「自分で脱いだ方が良いですか?それとも貴女様が全て脱がせて下さいますか?」

「やめてくれ、ナイト…!」

その時、ルーリは無我夢中で『流転の羅針盤』をタンザナイトから引き離した。

「あっ……」

直後、魅惑が解ける。悪魔変化も解ける。

「ルーリ様…僕は一体……」

「ナイト!お前の優しさは分かったから、もうこんなことはしないでくれ…!」

「僕…ルーリ様に何かしましたか?」

「お、覚えてないのか…?」

「『魔力探知阻害』魔術をかけた所までは覚えてますが…」

タンザナイトは首を傾げる。完全に記憶が飛んでいる。

いくら書物解析魔術の適性を持っているとはいえ、悪魔種でない者が魅惑を発動すればそれだけ負荷がかかるらしい。さらに悪魔変化まで発動したとなれば、キャパオーバーを起こして記憶が飛ぶのも無理はない。…というのが答え。だが、ルーリは分析よりもナイトが正気に戻ったことに安堵していた。

「まぁいいか。それにしても、お前が悪魔変化出来たのはホムンクルスだから、なのかな…」

「僕、悪魔になったんですか?」

ナイトが不思議そうに聞くと、

「『記憶の記録』を発動しておくべきだったよ」

ルーリはそう言って苦笑した。

そして、急に真面目な顔になり、

「…ナイト、頼みがある」

「何です?」

「魅惑をかけさせて欲しい」

「『シールド』」

「良かった。いつものナイトだな」

ルーリは安心するが、タンザナイトは首を傾げる。

「僕にはルーリ様が何をおっしゃっているのか分かりません」

マヤリィへの未練を断ち切る為に、あろうことか丸刈りにしたルーリ。

そんなルーリを見ていられなくて、悪魔変化しちゃったタンザナイト。


以前、ナイトは魅惑に関する魔術書があると言いつつ『僕は悪魔種ではないので解析しても使えないみたいです』と話していましたが、今回のような非常事態(?)ともなれば発動出来るようです(但し、その間の記憶が飛ぶという副作用付き)。

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