第108話 マヤリィの笑顔
愛してるわ、ジェイ。…この宇宙の誰よりも。
「紅茶でも淹れるわ。待っていて頂戴」
「はい…!」
あの後、間を置かずにマヤリィは『空間転移』を発動した。
(さっきの姫の言葉…あれって…)
ジェイは転移の前に聞いた言葉を思い出す。
『「愛してるわ、ジェイ。私の近すぎる未来の…旦那様」』。
その直後に転移が発動された為、ジェイはまだ何も言えていない。
(僕は本当に姫の旦那様になれるのかな…?)
タンザナイトには『マヤリィ様の婚約者』だと名乗ったが、他の配下達はそれを知らない。
(姫…何か言って下さいよ…!)
ジェイが様々に思いを巡らしているうちに、マヤリィが紅茶を持って現れた。
「待たせたわね、ジェイ。ミルクとお砂糖は?」
「両方下さい」
「そう言うと思ったわ」
マヤリィは微笑みながら、ミルクとシュガーの入ったかごをジェイに差し出す。
「クッキーもいかが?」
「はい、頂きます…!」
「貴方が好きなのはどれだったかしら…」
穏やかなティータイムが始まったが、ジェイは先ほどの言葉が気になって仕方ない。
「…姫、ちょっといいですか?」
ジェイはもう一度あの言葉を聞きたくて、マヤリィの手を止める。
「さ、さっきのこと…なんですけど…」
ジェイはマヤリィの目を真っ直ぐに見る。
「僕は…姫の旦那様になれるのでしょうか?」
「ええ。私は貴方と結婚したいの」
マヤリィもジェイの目を真っ直ぐに見る。
真剣ながらも優しげな眼差し。
甘く柔らかいけれど凛とした声。
玉座の間での言葉を確認したくて話を切り出したが、いざ『結婚』という揺るぎない言葉を聞くと、途端にジェイの頬は緩んでしまう。
そんなジェイを見つめながらマヤリィは話す。
「愛してるわ、ジェイ。貴方はとても優しいひと。私がこんな病気だと知っていても、私が自傷をやらかして泣いていても、貴方は否定せずに全てを受け止めてくれるのね」
今までのことを思い出しながらマヤリィは話す。
「流転の國を追放された時も、貴方だけはずっと傍にいてくれた。帰るあてもなく、知らない街で二人で過ごした日々のこと、今でも懐かしく思い出すの。あのまま流転の國に帰れなくても、私は幸せに暮らしていたのではないかと思うのよ。…最終的に、平和を取り戻した流転の國に帰ってこられたのは良かったけれど」
感慨深い気持ちでそれを聞いているジェイの手に、マヤリィは自分の手を重ね、今度は力強い声で言う。
「ジェイ。私はこれからもずっと貴方と一緒にいたい。…それだけじゃないわ。特別な結び付きが欲しいのよ」
いつだって愛の言葉が直球なのはジェイだが、今日はマヤリィの方が饒舌で情熱的だ。
「流転の國において私は女王。貴方は側近。その立場は変えられないけれど、私が貴方を愛していることを皆に伝えたい。…たとえ同じ部屋に住むことは叶わなくても、私は貴方の妻になりたいの」
マヤリィが女王である以上、二人が同じ身分になることは出来ない。つまり、流転の國で正式に二人が結婚することは叶わない。
それでも、マヤリィはジェイを愛していることを皆に伝え、認めてもらいたいと思う。婚姻届はなくとも、彼と結ばれたいのだ。
「姫、嬉しいです。貴女からそんな言葉が聞けるなんて、思ってもみませんでした」
ジェイは自分の手に重ねられたマヤリィの手を優しく握る。
その目には喜びの涙が光っているが、少し弱気になってもいる。
「でも、本当に許されるのでしょうか?今の関係ならともかく、貴女と僕では釣り合わないのでは…?」
この世界に存在する全ての魔術を司る力を持つ魔術師であり、強大な流転の國を統べる絶対的君主マヤリィ。類い稀なる美しさと慈悲深い心を兼ね備えた女王様は誰をも魅了する人物である。
そんな彼女の伴侶になるなんて…皆は認めてくれるだろうか?
しかし、マヤリィはジェイの心配を華麗に吹き飛ばす。
「馬鹿ね、ジェイ。貴方は自分で気付いていないのかしら?私の愛するジェイという男性はこの宇宙の誰よりも強く優しく素敵なひとなの」
宙色の大魔術師が言うと説得力が違う。
「私はジェイのことが大好きよ。それだけで皆は認めてくれる。いえ、絶対に認めさせるわ」
「姫…!」
それを聞いたジェイが涙を流しながら満面の笑みを浮かべていると、マヤリィは返事を急かす。明確な返事はまだ聞いていない。
「…ねぇ、ジェイ?そろそろ返事を聞かせて頂戴」
事実上の夫婦になっても、この言葉遣いは変わらないだろう。
ジェイは涙を拭くと、いつにも増して真面目な顔で宣言する。
「姫、僕は貴女の全てを愛しています。この気持ちは未来永劫変わりません。…そして、何があっても絶対に貴女から離れないことをお約束します。マヤリィ様、僕を貴女の夫にして下さい!!」
その瞬間、マヤリィはジェイを抱き寄せ、キスをした。
《ジェイ…ずっとその言葉を待っていたわ…!》
《姫…お待たせしてしまってすみません…!》
口が塞がったのでここからは『念話』で愛の言葉を交わす。
《たとえこの國では身分不相応だとしても、婚姻届が存在しないとしても、僕は皆の前で誓いたい。…お願いします、女王様。僕は逃げも隠れもしません。玉座の間で貴女を愛していることを誓わせて頂きます!》
側近でありながら女王を生涯愛すると皆の前で誓うことが怖くないと言えば嘘になる。正直な話、一番怖いのはやはり彼女だ。
今まで、流転の國シリーズ公式の『マヤリィ様の恋人は二人』状態を続けてきたのに、それが崩れることになる。
「…ジェイ、心配しないで頂戴。私、本当は一途な女なのよ?」
マヤリィが言ってもあまり説得力はないが、今まさにそのことを考えていたジェイは笑顔で答える。
「はい!これからは、僕だけの姫でいて下さいね!」
「ええ、約束よ!!」
その時、普段はあまり感情を表に出さないマヤリィが笑った。
玉座の間で皆に接する時に優しい微笑みを浮かべていることはあっても、心からの笑顔を見せることはいまだかつてなかった気がする。
でも、今のマヤリィは笑っている。
女神のような微笑みではなく、満面の笑顔でジェイに抱きついた。
(姫のこんな表情を見たのは初めてかもしれないな…)
ジェイはマヤリィを抱きしめながらそう思った。
「…ところで、姫。貴女の言う『近すぎる未来』っていつなんですか?」
ティータイムの後、ソファで寄り添う二人。
ジェイは気になっていたことを聞く。
「もしかして、結構先だったりします?ほら、準備とか…色々あると思いますし…」
しかし、マヤリィは首を傾げ、今度はいつもの微笑みを浮かべて言った。
「何言ってるのよ?明日の会議で公表するから、そのつもりでいて頂戴」
ジェイが一途にマヤリィだけを想っていることは有名な話ですが、今シーズンではマヤリィもジェイを一番に考えているようです。
実際「これだけは忘れないで頂戴。私にとって貴方以上に大切な人なんていないの」と伝えています(第77話)。




