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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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第107話 マヤリィの未来

ジョキッ、ジョキッ………

リッカの豊かな長い髪に鋏が入る。

ジョキッ、ジョキッ………

ショートヘアにする前の粗切りである。

ジョキッ、ジョキッ………

やがて全ての髪が肩につかない長さになった時、リッカはふっと頭が軽くなったのを感じた。

「首が見えるくらい…と言っていたな。このあたりまで切ることになるが、大丈夫か?」

ルーリはリッカの首に指を当て、場所を示す。

「ああ。かなりの勇気を要するが…やってみたい」

桜色の都の王女は手を握りしめ、恥ずかしそうに頬を染め、鏡越しにルーリを見る。その表情は何も知らない乙女のようだった。

「分かった。では、思いきってやってみようか」

流転の國の夢魔は鋏を手に、初めて髪を短くする年下の女性を見つめ、その様子を可愛らしいと思うのだった。

襟足ぎりぎりの所で髪を切ってしまうと、彼女の真っ白なうなじがあらわになる。傷痕があったとは思えないほど綺麗な肌だ。

そのままルーリは後ろ髪を整え、ふんわりとしたシルエットを作りながら、

「横はどうする?耳も出してみるか?」

「耳…?どうしよう……」

美容室に不慣れな女の子は次第に優柔不断になってくる。

「さすがに抵抗があるか…。耳朶くらいならどうだ?」

迷うリッカ。急かすことなく見守るルーリ。

「そ、そうだな…。耳朶が見えるくらいなら…」

リッカの返事を聞き、ルーリは丁寧に髪を切っていく。

シャキ、シャキ…と耳元で鋏の音がする。

(私は…本当にショートヘアになるのだな)

そう思うと、くすぐったいような気持ちになる。

もしかしたらリッカは流転の國史上最もピュアな女性かもしれない。

「前髪も作ろうか?」

「そ、そうだな…。でも、眉は出さないで欲しい…」

「分かった。ちょっと目を閉じていてくれ」

こうしてリッカは生まれて初めて前髪を作った。

「少し軽くするぞ。ふわふわに出来たら可愛いと思うんだが」

リッカの髪は真っ直ぐなので、適度にボリュームが出るよう、ルーリは調整していった。

「こんな感じでどうだ?」

時間をかけて丁寧に仕上げられたショートヘアはリッカを満足させた。

「これが…私なのか…?凄く可愛いんだが…本当に私なのか…?」

「何言ってるんだ?どこからどう見たってリッカだろう。ほら、手鏡もあるぞ」

ルーリが微笑みながら手鏡を渡すと、リッカはしばらく覗き込んで動かなかった。

そっと短くなった髪に触れてみる。

そっとあらわになった首に触れてみる。

「頭が軽い…首が涼しい…これがショートヘアか…!」

リッカは鏡に映る自分を何度も確かめ、軽くなった手触りを楽しんだ。

「どうだ?気になる所はないか?直す所はないか?」

「ない!最高だよ、ルーリ…!」

無邪気な子供のような笑顔を見せるリッカ。

「そうか!それは良かった」

「ルーリ、ありがとう!」

「こちらこそ、リッカが喜んでくれて嬉しいよ」

ルーリも笑顔になる。

(リッカ、可愛いな。こうして見ると、やはりマヤリィ様と同い年なのか…)

長い髪をバッサリと切り、前髪を作ったリッカは一気に若くなった。

「これから幾らでも触っていいから、とりあえずシャンプーするぞ」

鏡の前ではしゃぐリッカを一度大人しくさせたルーリは、短くなった髪を丁寧に洗い、優しくタオルドライすると、ドライヤーをかけた。

「こんなに早く乾くのか…!」

リッカは感動した。今までは入浴するたびに超ロングヘアを纏めなければならず、洗うのに一苦労、乾かすのにも一苦労、その後のブラッシングなども含めると、かなりの手間がかかっていたことに気付く。

「ちょっとカールさせてみようかな」

ルーリは髪がふんわりするようにコテで巻くと、最後にスタイリング剤で仕上げた。可愛いショートヘアの出来上がりだ。

「これ…本当に私か…?」

そして先ほどと同じ言葉が繰り返される。

「自分で言うのもなんだが、私ってこんなに可愛かったか?」

「ああ。リッカは可愛いよ。物凄く可愛い女の子だ」

ルーリがそう言って頭を撫でると、リッカは思わず頬を染めた。

「リッカ、抱きしめても良いか?」

「ルーリ……!」

返事も聞かずに後ろから抱きしめられ、リッカは胸が高鳴るのを感じた。

(これが…流転の國のサキュバス…!)

気付けば夢魔の甘い香りに満たされている。

『魅惑』の風が吹き始める。

ルーリは黙ったまま、リッカを離さない。

…その間に。

《こちらルーリにございます。マヤリィ様、お許し頂きたいことがあるのですが、今よろしいでしょうか?》

リッカを襲う許しを得る為に、慌てて『念話』を送っていた。

《こちらマヤリィ。許可するも何も、既に『魅惑』が発動しているみたいよ?…好きにして頂戴》

例によって玉座の間にいたマヤリィは『魅惑』を探知してしまい(またか…)と思っていた。その直後、ルーリから念話が入ったのだ。

《はっ!申し訳ございません、マヤリィ様!!》

消極的ながらも許しを得たルーリは、その場で『夢魔変化』する。

「ルーリ…これから何をしようと言うのだ?」

甘い香りに蕩けそうなリッカの瞳がルーリを見つめている。

「リッカ…。今からお前を第2会議室に連れて行っても良いか?」

「それは…私を抱いてくれるということか?」

リッカは顔を真っ赤にしてルーリに訊ねる。

第2会議室が何をする所かは知っているが、それでも訊ねてしまう。

「ああ。お前が可愛くて仕方ないんだ」

ルーリは堪えきれず、リッカの唇にキスをする。

「私についてきてくれるか…?」

リッカは黙って頷く。

絶世の美女にそう聞かれて断れる者などいるわけがない。


「…姫。今のはルーリですか?」

マヤリィの元へ念話が入ったのに気付き、その後の表情を見たジェイは色々と察した。

「ええ、そうよ。今度は『魅惑』発動の許可を求めてきたの。もう既に発動してたのに!」

珍しくマヤリィの感情が表に出ている。

「まさか相手はタンザナイトじゃないでしょうね?」

「そんなわけないでしょう?…リッカよ」

「リッカ!?」

「もう知らない。しばらく私の部屋に呼んであげないわ!」

珍しくマヤリィの感情が表に出ている。

「姫、そんな顔しないで下さい。貴女には僕がついてます。絶対に離れないって約束したじゃないですか」

ジェイは優しくマヤリィを抱き寄せる。

その瞬間、マヤリィの表情が穏やかになる。

「ごめんね、ジェイ。私には貴方がいると言うのに」

「いえ、お気になさらず」

ジェイはナイトの口調を真似ると、マヤリィに微笑みかける。

「姫、今夜は僕にくれませんか?出来るなら貴女の部屋に行きたいです」

「ええ、勿論よ」

マヤリィは即答する。

そして、

「決して離れないって約束したものね」

ジェイにしなだれつき、甘い声でささやく。

彼と二人きりの時にしか見せない表情で、マヤリィはささやく。

それは、究極の愛の言葉だった。

「愛してるわ、ジェイ。私の近すぎる未来の…旦那様」

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