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流転の國 vol.8 〜桜色の都の救世主〜  作者: 川口冬至夜


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第104話 天性の殺戮者

「畏れながら、マヤリィ様。少しお話をさせて頂けないでしょうか?」

午後の会議が終わった後、皆が玉座の間を退出したのを見計らってルーリが声をかけた。

「いいわよ。話してご覧なさい」

マヤリィは玉座に座ったまま頷く。

「はっ。ありがとうございます。…今朝、桜色の都で起きた出来事をタンザナイトが話してくれました。初対面の黒魔術師の女性から突然恋人になって欲しいと言われて困惑したと言っておりました」

「ええ、その通りよ。『クロス』の新人がいきなりタンザナイトに告白したの。ナイトが女の子だと分かったら大人しくなったけれど、もっと早く止めるべきだったわ。ヒカル殿もシャドーレも私も驚いてしまって、しばらく何も言えなかったのよ」

マヤリィは説明する。

「結局、そのせいでナイトに怖い思いをさせてしまったわ。…昨夜は貴女がフォローしてくれたのでしょう?あの子のこと、受け止めてくれてありがとう」

「とんでもございません、マヤリィ様。昨日は貴女様の大切な娘であるタンザナイトを私にお任せ下さり、感謝しております。私はナイトと一緒にいられるだけで幸せにございます」

ルーリは笑顔でお辞儀する。

「それなら良かったわ。ナイトも貴女のことを信頼しているようだし、これからもよろしく頼むわね。あの子は…私にとって本当に大切な存在なの」

「はっ。畏まりました、マヤリィ様」

ルーリはそう言うと、改めて話を始める。

「畏れながら、マヤリィ様。実は、貴女様にお願いがございます」

「桜色の都に行きたいのね?」

「っ…なぜお分かりになるのですか??」

簡単に言い当てられ、ルーリは驚く。

「貴女と何年一緒にいると思っているの?この流れで分からない方が不思議でしょう?」

マヤリィは微笑みながら言う。

「タンザナイトに告白した黒魔術師相手に、貴女の雷系統魔術を見せつけたい…とか?」

「…はい、その通りにございます」

ルーリは素直に頷く。

「最終的にその者は貴女様の厳しいお言葉を賜り、タンザナイトの黒魔術によって逆に恐怖を与えられたと聞いております。…されど、私はまだ許しておりません」

「ルーリ……」

「私は執念深い悪魔です。帰國後のタンザナイトの不安そうな表情を思い出すと、どうしてもその者に雷を落としたいと思ってしまうのです」

もう終わった話であることは分かっている。

非常識な話をしていることも分かっている。

分かっているが、ルーリの怒りは収まらない。

「…ルーリ、黒い翼が出ているわ」

気付けば『悪魔変化』しかけていた。

マヤリィが無意識に恐ろしい魔力圧をかけるのと同じで、ルーリも無意識に悪魔の姿を現しそうになっている。

「申し訳ございません、マヤリィ様」

ルーリは冷静になり、人間と変わりない『本来の姿』に戻った。

「いえ、貴女が謝る必要なんてないわ。…私だって、後からこんな話を聞かされたら貴女と同じことを考えると思う」

マヤリィはそう言うと、腕を組んで何やら考え事を始めた。

ルーリは黙って次の言葉を待っていた。

(これはもう終わった話だし、ルーリのしようとしていることは完全に私怨。かと言って、無意識に悪魔変化するほど怒っているルーリをどうやって止めれば良いのかしら…)

ルーリは雷系統魔術の適性を持つ悪魔種。

普段は人間と変わりない姿をしているが、いざ悪魔変化すると残酷な所業も厭わない最凶の悪魔になってしまう。そのせいで、かつてルーリは『天性の殺戮者』と呼ばれたことがある。

と、その時。

「駄目だよ、ルーリ。姫を困らせるな」

後ろから声がする。

「ジェイ…??」

ルーリがその声に反応して振り返ると、透明化を解いたジェイが姿を現した。

「いつからここにいたんだ…?」

「君が桜色の都の魔術師を許さないって話してたあたりかな」

「気配まで消してたのか…」

「ごめん、つい…。ルーリの悪魔変化、怖そうだったし」

驚くルーリに、ジェイは謝る。

「一度は玉座の間を出たんだけど、昨日のタンザナイトについて僕も聞いておこうと思って『転移』してきたんだ。そしたら、二人が難しい話してるから…」

「ごめんね、ルーリ。私は気付いていたわ」

気付いていたが、声はかけなかったし顔にも出さなかった。

マヤリィも大概ポーカーフェイスである。

「ジェイ、話を聞いていたなら教えて頂戴。これからどうしたら良いかしら?」

「僕の意見を言わせてもらえるなら、ルーリは都に行くべきではないと思いますよ」

「ジェイ…!」

「都の黒魔術師がタンザナイトを困らせた件については僕も姫から聞いて知ってる。…許しがたいと思うのも無理はないよね」

「そうだろう?お前だって、そう思うよな?」

「うん。…でも、これはもう終わった話だよ」

「…分かってる。だが

「それなら姫を困らせることを言うな」

ジェイはルーリの言葉を遮る。

「タンザナイトは負の感情を抱いてもすぐに気持ちを切り替えられるホムンクルスだ。昨日はかなり衝撃を受けたみたいだけど、もう大丈夫なはずだよ」

「ええ。ルーリがフォローしてくれたお陰で今日は元気そうだったわ」

マヤリィが言葉を添える。

「それに、ナイトだって黙って帰ってきたわけじゃないのよ?告白騒動の後、シャドーレと突撃女子に黒魔術を披露したの」

ついに名前を呼んでもらえなくなった。

「勿論、ナイトはかなり手加減したわ。都の訓練所を壊すわけにはいかないしね」

「魔力圧で訓練所に罅を入れそうになった人もいると聞きましたが、ナイトはちゃんと手加減出来たんですね」

「ええ。私より遥かに冷静だったわね」

スピカに対し『私の配下に気安く近付かないで頂戴』と言った時のマヤリィは無意識に魔力圧をかけており《母上様、訓練所に罅が入りそうです》というナイトの念話で魔力を解いた。

「マヤリィ様の魔力圧…にございますか」

タンザナイトは『母上様が庇って下さった』と言っていたし、マヤリィの厳しい言葉によってその黒魔術師が大人しくなったことは聞いている。しかし、マヤリィがその場に魔力圧をかけ、その者にとんでもない恐怖を与えたことまでは知らなかった。

「あら、ナイトはそこまで話さなかったの?」

「はっ。伺っておりません」

ルーリは急に静かになる。

玉座の間にさえ罅を入れたことのあるマヤリィの無言の圧力。

それを桜色の都の訓練所で行ったらしい。

「あの時は全然意識していなかったから、ナイトが冷静で良かったわ。あの子に手加減するよう言っておきながら、危うく私が訓練所を崩壊させる所だったのよ」

「姫、もう少し反省して下さいよ」

「あら、これでも反省しているわよ?」

マヤリィは悪びれることなく言う。

(姫は本当に自分の魔力の恐ろしさを理解してるのかな…)

とジェイは頭を抱えたくなるが、今までに何度も『玉座の間に罅』案件を目にしているルーリはすっかり大人しくなってしまった。

「ルーリ、これで分かったよね?君が都に出向いて猪突猛進女子に雷を落とさなくても、既に彼女は宙色の大魔術師の魔力圧を体験してる。それも、大切な娘を庇って発した魔力だから…その恐ろしさは想像を絶するよ」

ルーリが黙り込んでいる間にジェイは畳み掛ける。

ジェイの言葉を聞きながら、

「私、そんなに悪いことしたかしら…?」

マヤリィは首を傾げるが、

「姫。ルーリの説得は僕に任せて下さい」

そう言われて素直に頷いた。

しかし、これ以上説得する必要はなさそうだ。

「…分かった、ジェイ。詳しく教えてくれてありがとな」

先ほど悪魔変化しかけた勢いはどこへやら、ルーリは落ち着いた声で言う。

そして、マヤリィに向き直り、頭を下げた。

「マヤリィ様、大変申し訳ございませんでした。感情を制御出来ず、非常識なお願いをして貴女様を困らせてしまいました」

「いいのよ、ルーリ。貴女が謝る必要なんてないわ。私だって、無意識のうちに魔力で圧をかけていたのだから同じことよ。…タンザナイトのこととなると、貴女も私も冷静でいられなくなってしまうわね」

マヤリィはそう言って微笑む。

「マヤリィ様…!」

「ルーリ、あの子の為に怒ってくれてありがとう。…都の黒魔術師に貴女の雷系統魔術をお見舞いするのは今度にしましょうね」

美しい笑みを浮かべて流転の國の女王様は恐ろしいことを言う。

「また桜色の都へ行く機会はあるわ。その時は…頼むわよ?」

「か、畏まりました、マヤリィ様…!」

(姫…いつかは猪突猛進女子に雷を落とすつもりなんですね…)

既に終わっている今回の話とは関係のない『今度』があるらしい。

自称根に持つタイプ(第91話)のマヤリィ様と自称執念深い悪魔のルーリさんに目を付けられた桜色の都のスピカ嬢。

(次の訪桜が怖いな……)

今回の話は一件落着したが『今度』があると思うと、ジェイは頭が痛くなるのだった。

とりあえず落ち着いたルーリ。

しかし、マヤリィ様が認める『今度』があるようです…。

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