第103話 恋人の娘
「…そうか。そんなことがあったのか」
「はい。母上様が庇って下さったお陰でその後は静かでしたが、最初は何事かと思いましたよ」
次の朝、目覚めたタンザナイトは昨日の出来事についてルーリに話した。
「僕を恋人にしたいだなんて変わった人ですよね。あの時は女に生まれてよかったと心から思いました」
「そいつの恋愛対象は男だけってことか」
「はい。そのようです」
体力を回復して元気を取り戻したタンザナイトはいつものように淡々と話す。
「だが、ナイトを恋人にしたいという気持ちは私にも分かるぞ」
「そんなこと言ったって駄目ですよ。ルーリ様がもう僕に『魅惑』をかけるつもりがないことくらい分かってますから」
「…なんで分かるんだ?」
「女の勘、ですかね」
「…そうか。お前の言う通りだよ」
ルーリはあっさり認める。
「散々浮気しといて言うのもなんだが、私が心から愛する御方はマヤリィ様だけだ。…私はもうマヤリィ様を悲しませたくない」
本当に反省した様子でルーリは言う。
「それに、ナイトはマヤリィ様の娘。ラピスに手を出しといて言うのもなんだが、愛する恋人の娘を毒牙にかけるなんて最低だよな」
「今更すぎますけど、本気で反省してるんですね」
「ああ。これから先、私が『魅惑』にかけるのはマヤリィ様だけだ」
「ふーん、そうですか」
「なんだよ、その微妙な反応は?っていうか、今更でも反省してるんだから許してくれ」
「………抱かれてみたかったのに」
「え?」
「僕もルーリ様に抱かれたら…恋愛というものが何か分かるかなって思ったんです。が、ルーリ様に恋をしたら彼女のように破滅しそうですのでやめておきます」
「おい、絶妙に人を翻弄するのはやめろ。本気で反省しているとはいえ、私はサキュバスなんだぞ?」
「『どうせ貴女は誰のことも愛せない』」
「えっ?」
「以前ラピス殿から言われました。確かに僕は誰かに恋をして誰かを愛するという感情が欠落したホムンクルスですので、彼女の言ったことは正しいと思っていますが…」
「いや、正しくない。あいつにお前の何が分かるって言うんだよ」
ルーリはそう言われた時のナイトの気持ちを考えるとつらくなった。
「いつか運命の人が現れてその時お前は恋する喜びを知る、なんてつまらんことは言わない。だが、恋愛感情が欠落しているなんて決め付けるな」
「ルーリ様……」
「それに、恋でなくともお前には愛する人がいるだろう?」
「はい。僕は母上様を愛しています」
「…十分だよ、それだけで。マヤリィ様は可愛い娘に愛されて幸せだとおっしゃっていた。これは恋人である私には不可能なことだ。…勿論、ジェイにもな」
ルーリは言う。
「愛の形は色々あるが、全部知らなくたっていい。お前は一番大切な愛を知ってるから」
「ルーリ様……」
「…というわけで、私に抱かれたいとか冗談でも言わないでくれ。私は冗談の通じないサキュバスだし、私とセックスした所で恋愛感情が分かるとは限らないぞ」
「…………」
タンザナイトにとって刺激的な言葉が混ざっていたせいか、彼女は黙って顔を逸らす。
「おい…もしかして、直接的な言葉は駄目なのか?」
「い、言わないで下さい」
「キス、とかも無理か?」
「やめて下さい」
「お前、19歳だよな?」
「それはあくまで設定ですので」
「さっきの抱かれてみたかった発言は何だったんだよ?」
「冗談に決まってるじゃないですか。母上様とお風呂に入るのだって恥ずかしいんですから…!」
「えっ?」
「あっ」
「…お前、マヤリィ様とお風呂に入ってるのか?」
「い、いけませんか?」
「いや、羨ましいと思っただけだ。私もマヤリィ様とお風呂に入りたいな」
「はい。そうなさって下さい」
タンザナイトがそう言った時、ルーリは急に真面目な顔になった。
「…ナイト、頼みがある」
「何です?」
「私もお前とお風呂に入りたい」
「『シールド』」
「待て、シールドを張るな。…いやらしいことはしないからさ」
「ルーリ様の裸を見るなんて…僕には無理です」
「そっちかよ」
「あ、今度の実戦訓練では脱がないで下さいね」
「お前、どれだけ耐性低いんだ?」
「こういう設計なんです。詳しくは母上様に聞いて下さい」
「もう、分かったよ」
そう言ってルーリは笑うと、タンザナイトを抱き寄せる。
「本当に可愛いな、お前って奴は」
「僕にはルーリ様が何をおっしゃっているのか分かりません」
タンザナイトはそう言いつつ、ルーリを抱きしめる。
「…ナイト、一つ言わせてくれ」
「何です?」
「私はお前のことが好きだ。…恋愛方面じゃないけどな」
それを聞いたナイトはようやく微笑みを見せた。
「僕も、ルーリ様のことが好きです。…恋愛方面じゃないですけど」
長い道のりを経て、やっとナイトの信頼を得たルーリ。
タンザナイトはルーリが手を出さなかった数少ない女性の一人です。
かなり前のことになりますが、ルーリは以前マヤリィとお風呂に入ったことがあります(vol.1)。




