第99話『タンザナイト』
ある日の午後、マヤリィは皆を玉座の間に集めて臨時会議を開いた。
「先ほどヒカル殿の使い魔が来たの。ようやく首脳会談の日程が決まったわ」
リッカの件を報告した後も幾度となくやり取りは行われてきたが、桜色の都は忙しい時期なのか、一向に明確な日取りが提示されなかったのだ。
マヤリィもだんだん面倒に…もとい疲れてきたらしく、
「誰か代筆してくれないかしら。桜色の都の近況とか報告されても、なんて返事したら良いか分からないし」
玉座の間でそんなことを言い出す始末だった。
そこへ、代筆を買って出たのはクラヴィス。
「畏れながら、マヤリィ様。陛下とのやり取りでしたら、私にお命じ頂けないでしょうか?」
「あら、それは良い考えね」
今や流転の國の外交官とも呼べるクラヴィス。
マヤリィも彼になら安心して任せられると思った。
「では、これからは貴方が差出人となってヒカル殿に返事を書いて頂戴。私が一筆添えておくから大丈夫よ」
国王と外交官が手紙のやり取りをするなど聞いたこともないが、マヤリィの指示とあらばヒカル王も侍従も納得してくれるだろう。
…マヤリィ様は世界一偉い御方なので。
というわけで、幾度とないやり取りはヒカル王とクラヴィスの間で行われてきた。
そして今日。ようやく流転の國の女王陛下宛に、首脳会談の日程に関する書状が届いたのだ。
「畏れながら、マヤリィ様。此度は誰を同行させるのでございますか?」
(出来れば行きたくないな)と思いつつルーリが訊ねる。
マヤリィは桜色の都を訪れる際、配下の中から一人を選んで同行させる。今までを振り返ると、その役目は側近のジェイもしくはクラヴィスに命じられることが多かった。
しかし、マヤリィが選んだのは思いがけない人物だった。
「行くわよ、タンザナイト」
「はっ。畏まりました、女王様」
事前に打ち合わせしていたかのような会話だが、マヤリィは今決めた。
「マヤリィ様、よろしいのですか?」
ジェイが側近の顔で言う。
「タンザナイトの実力は隠しておくべきなのでは?」
「畏れながら、私もそう思います」
現在、流転の國で『No.2』の実力を持っているタンザナイトを外に出して良いものか、ジェイだけでなく皆が心配している。
が、マヤリィは微笑みながら言う。
「大丈夫よ。私が隠しておきたいのはあくまでナイトの実力であって、ナイト本人ではないのだから」
タンザナイトは都を訪れたことがあるので、存在自体はヒカルもシャドーレも知っているが、その時から比べると信じられないほどの成長を遂げている。
「都に行けば当然魔術を見せて欲しいと言われるでしょうし、場合によってはシャドーレが『魔力探知』を発動するかもしれない。けれど、本当の実力を隠すくらい余裕よね?」
「はっ。余裕でございます、女王様」
「ふふ、さすがは私のナイトね。…皆、そういうわけだから心配は無用よ」
「はっ!!」
《ジェイ…。私はだんだんタンザナイトが怖くなってきたんだが…》
《大丈夫だよ、ルーリ。怖がってるのは君だけじゃないから》
マヤリィの両隣に控えている側近二人は『念話』で会話する。
「服装は好きにして頂戴。『流転の羅針盤』も使っていいわ。…前に行った時はよそゆき顔だったかしら」
クラヴィスと共に訪問した際には、ヒカル王に笑顔を見せていたし一人称も『わたくし』だった。
「今回もそのように致しますか?」
「そうね。今更変えるのも不自然だし、頑張って笑顔でいて頂戴」
「畏まりました、女王様」
こうして、タンザナイトは二度目の桜色の都訪問をすることになった。
「…貴女は相変わらずそのような服装なのだな」
首脳会談当日、いつものように白い背広に白い革靴で現れたタンザナイトを見て、リッカが言う。
しかし、いつもと違う点が一つだけあった。
「お前…そのループタイはもしかして…」
「はい。もしかしなくてもルーリ様に頂いた物です」
以前、ルーリはタンザナイトへの贈り物として、スーツとループタイを渡したことがある。スーツはマヤリィが着ているのと全く同じだったが、ループタイはナイトの為だけに選んだ特別な品だ。それには、青にも紫にも見える神秘的な色の宝石が施されている。
《姫、これって…》
《ええ、間違いないわ。『タンザナイト』よ》
ルーリがその名称を知った上で贈ったかどうかは分からないが、タンザナイトはとても希少な宝石である。
「随分前の話だが、衣装部屋で見つけたんだ。お前に似合う物が欲しくてな」
どうやらルーリはループタイに施された宝石の名が『タンザナイト』だとは知らないらしい。
「ルーリ様、なぜです?あの時も不思議でしたが、なぜ僕なんかに贈り物を下さったのですか?」
「さぁ?なんでだろうな。…お前が喜んでくれたら嬉しいなって思ってたことだけは確かなんだが」
「ルーリ様……」
「でも、結局喜ばせてもらったのは私の方だ。マヤリィ様と桜色の都を訪問するという大切な日にそれを付けてくれて嬉しいよ」
「ルーリ様……。ありがとうございます…!」
その瞬間、皆が驚いて硬直したのをマヤリィは見た。
ルーリも硬直していた。
タンザナイトが自分からルーリを抱きしめたのだ。
《ナイト…お前…》
何も口に出せず『念話』を送るルーリ。
《たまにはいいじゃないですか。それに…僕も凄く嬉しいんです》
抱きついたままルーリを見上げ、優しく微笑むナイト。
ルーリの身体に隠れて、皆にはナイトの表情が見えない。
彼女の可愛らしい笑みも嬉しそうな声もルーリだけのものだ。
《行って参ります、ルーリ様。お土産話は…僕の部屋でいかがですか?》
《あ、ああ…!勿論だ!!》
ルーリは笑顔を隠せないが、時間が迫っているのを感じて懸命に真面目な顔を作る。
「…気を付けて行ってこいよ。マヤリィ様をよろしく頼む」
「はっ。畏まりました、ルーリ様」
タンザナイトの方は一瞬でいつもの真顔に戻った。
急かすことなく二人を見守っていたマヤリィは、その会話を聞いて『長距離転移』の魔法陣を展開する。
「…では、行ってくるわね。私が留守の間は自由に過ごしていて頂戴。…ルーリ、後は任せたわよ」
マヤリィは最高権力者代理の役目をルーリに命じると、タンザナイトを連れて『長距離転移』を発動した。
しかし、二人を見送ったルーリはしばらくその場から動けなかった。
まだ腕の中にタンザナイトがいるような気がする。
(…全く、どうしてあんなに可愛いんだよ……)
早くもナイトが恋しくて泣きたくなるルーリであった。




