第96話 ウィルとメアリー
あの後、ヒカルは約束通りマヤリィからの書状をシャドーレに渡した。本来ならば国王宛の書状を下賜するなど有り得ないことだが、シャドーレにならマヤリィ様も許して下さるだろう、というわけでマヤリィ直筆の手紙は今レイヴンズクロフト邸にある。
「これがマヤリィ様からの書状…。メアリー、本当に頂いて良かったの?」
シャドーレことメアリーの夫であるウィリアムは嬉々として邸に帰ってきた妻を見て何事かと思ったが、マヤリィの手紙を見せられて納得した。
「こんなにも美しい筆跡は初めて見たよ。…それにしても、リッカ様が流転の國に永住とは予想外だったね」
「はい…!マヤリィ様は筆跡までもお美しいのですわ…!」
もはやシャドーレはリッカのことを覚えていない。
「失礼致します、シャドーレ様、旦那様」
公爵夫妻が話している所へ、邸のメイドであるミノリ・アルバ嬢が紅茶を持って現れた。
「シャドーレ様、そちらは何方様からのお手紙にございますか?」
公爵が真面目な顔で手紙を読み、夫人が嬉しそうにしているのを見て、ミノリは興味津々に訊ねる。
「マヤリィ様からの書状ですの。陛下に無理を言って頂いてきましたのよ」
「マヤリィ様からの書状ですか…!?」
思わず復唱してしまう。久々に耳にしたその尊い名前は、ミノリの心を激しく揺さぶった。
類い稀なる美しさと慈悲深い心を兼ね備えた外つ國の女王様。自身の危険な魔術適性を取り除いてくれた救世主。ミノリ嬢はマヤリィの姿を思い出し、またお会い出来ないものかと思う。
「貴女も読んでご覧なさい。でも、ここに書かれていることは他言無用ですわよ?」
「はっ!勿論にございます!ぜひ読ませて下さいませ!」
ミノリは書状を受け取ると、食い入るようにその文字を見つめる。
「どうやらマヤリィ様にお会いしたいのはメアリーだけじゃなさそうだね」
彼女の真剣な様子を見て、ウィリアムが微笑む。
「次の首脳会談の日程は決まっているのか?」
「いえ、これからですわ。陛下は近いうちにとおっしゃっていましたが、日程によってはあなたもマヤリィ様に会えますわよ?」
「いや、私はあまり外交には向いてないから…。日程を調整してもらうのも畏れ多いし、私は『クロス』に専念するよ」
精鋭黒魔術師部隊『クロス』のウィリアム隊長は多忙である。隊員達の指揮を執るだけではなく、沢山の書類仕事を抱えている。
「それに、もうすぐ魔術学校の学生を紹介してもらう時期だから、ますます忙しくなりそうだ」
「あら、もうそんな時期ですの?」
「いつもは卒業後の落ち着いた時期に面接を行っていたけど、今年は前倒しすることになったんだよ。今頃、黒魔術科の学生は試験や面接の準備で大変だろうね」
ウィリアムは言う。
現在、ヒカル王は桜色の都の改革の一環として、黒魔術師養成学校を積極的に支援している。都には圧倒的に白魔術の適性を持つ者が多いが、次に多いのが黒魔術である為、将来的に『クロス』で活躍出来る人材を集め育てているところである。
そして、いまだに男尊女卑の風潮が残る桜色の都を変えるべく、男女の区別なく黒魔術師として活躍出来るよう、試験や面接の在り方も考え直す必要があると『クロス』に通達があった。
「陛下は黒魔術科で好成績を修めた学生を紹介して下さるとのことで、後はこちらで入隊資格があるかどうかを判断するようにと仰せだった。試験は私と副隊長で対応するとして、面接の場には貴女も同席して欲しいと思っているよ」
「私が面接官に?経験がありませんわ」
「経験は関係ないよ。メアリーの審美眼で優秀な者を見極めて欲しいんだ」
桜色の都で一番の実力を持つ黒魔術師が面接官となれば、面接を受ける方も意識が違ってくるだろう。
「…シャドーレ様。貴女様がお忙しいのは存じ上げておりますが、将来の『クロス』の為にもお力をお貸し頂けないでしょうか?どうかよろしくお願い致します」
ウィリアムは姿勢を正して隊長の顔になると、国王直属の精鋭黒魔術師部隊『クロス』のトップである特別顧問に頭を下げる。
シャドーレは隊長の真摯な言葉を受け止めた。
「…そこまで言われてはお断り出来ませんわね。分かりましたわ、ウィリアム隊長。面接官の役目、引き受けましょう」
「ありがとうございます、シャドーレ様」
ウィリアムはそう言ってもう一度頭を下げる。
「…けれど、並みの実力では採用しませんわよ?魔力値だけでなく、厳しい訓練をこなせるだけの体力や精神力の強さも必要となりますから」
特別顧問は真面目な顔で言う。
「今までにも訓練についていけずに除隊勧告が下された者はいます。…とはいえ、陛下は『クロス』の第二部隊を結成することも視野に入れていらっしゃるそうですし、これから黒魔術師が活躍する道は増えていくでしょうね。それに、陛下に認められれば部隊に属さずとも王宮の魔術師として仕えることが可能です。例えば国境線のマンスのように」
時々出てくる『国境線の黒魔術師』マンス。
彼は低位ながら前国王から黒魔術師としての実力を認められ、東の国境線を守る役目を与えられている。長らくゴーレム達を指揮して警備にあたってきたが、原因不明のゴーレム狂暴化によりその体制は崩れ、現在はマンスと同程度の実力を有する黒魔術師が交代で関所を守っている。
「はい。…ということは、私達は『クロス』だけでなく、面接に訪れた全ての学生の進路を考えなければなりませんね」
「ええ。黒魔術師を志す者達がそれぞれに合った場所で活躍出来るよう取り計らうのも私達の任務ですわ」
魔術学校を支援するのは国王の仕事だが、卒業生のその後を決めるのは最上位黒魔術師の仕事である。
「…これからまた忙しくなりそうですわね、あなた」
予想以上に大変そうな仕事を前にして難しい顔になる隊長を見て、彼の妻はわざと明るく言うのだった。
ウィリアムにとっての彼女は…
黒魔術師部隊では上役のシャドーレ様。
プライベートでは愛する妻メアリー。




