第93話 一ヶ月
さぁ、話を始めましょう。
リッカ殿、貴女が欲しいの。
「リッカ殿。貴女に一つお願いがあるのだけれど、聞いてもらえるかしら?」
ついにこの時が来た。
リッカが流転の國に来てから一ヶ月。
マヤリィは彼女が帰り支度をする前に声をかけた。
「はっ。何でございましょうか?」
リッカは緊張した面持ちで答える。
周囲の配下達の間にも緊張感が漂っている。
何を言われるのだろう、とリッカは心配になる。
しかし、マヤリィは穏やかに話し始める。
「私は正式に貴女を流転の國の仲間にしたいと思っているの」
「流転の國の仲間…にございますか?」
「ええ。女王直属の配下となり、貴女の氷系統魔術の力を我が國の為に尽くして欲しい。…どうかしら?」
「畏れながら、マヤリィ様」
横からルーリが口を出す。
「リッカ様は我が國に一ヶ月滞在したのち、桜色の都のレイン離宮に戻られる予定にございます」
「ええ、分かっているわ。それを承知の上でお願いしているのよ」
「されど…桜色の都の王女様を配下にするなど、いくら貴女様でも…」
「控えなさい、ルーリ。私は流転の國を統べる女王であるとともに、世界に存在する全ての魔術を司る宙色の魔術師。私の気分次第で、この世界を滅ぼすことだって出来るのよ?そんな私に意見すると言うの?」
「も、申し訳ございません…!マヤリィ様、どうかお許し下さいませ」
このやり取りはリッカの目の前で行われている。
《とんだ茶番だけど…リッカ様の顔を見てると気の毒になるね》
《お言葉ですが、ジェイ様。とんだ茶番を考案されたのは何方でしたっけ?》
《だって、たまには我等が女王陛下の強さを誇示したっていいでしょ?》
《はい。それに関しては異論ありません》
自分の言葉に意見するルーリに対し、強大な魔力を誇示して黙らせるマヤリィ。
実際にそれが行われているのを見て『念話』で会話するジェイとタンザナイト。
(リッカ様の顔色が悪いような気がする…)
事前に聞いていたことだが、シロマはリッカの心配をする。
(威厳に満ちたマヤリィ様も素敵です…!)
事前に聞いていたことだが、クラヴィスはマヤリィに見とれる。
「ごめんなさいね、リッカ殿。世界を滅ぼすつもりはないから安心して頂戴」
「は、はい…」
一連の茶番の後、マヤリィは優しい声でリッカに言う。
「それに、このお願いは強制ではないの。貴女が予定通りレイン離宮に戻りたいと言うなら止めないわ」
あまり説得力はないが、マヤリィは真面目な顔で言う。
「リッカ殿、信じて頂戴。どちらを選んでも貴女と私の関係は変わらないし、私は必ず貴女の選択を受け入れる。本当よ」
「マヤリィ様…」
リッカはマヤリィの目を見た。
優しい眼差しは返事を急くこともなく、穏やかにリッカを見守っている。
「マヤリィ様…私は……」
流転の國で過ごした日々を思い返し、リッカはゆっくりと話し始める。
「私は…この一ヶ月の間、とても素晴らしい時間を過ごさせて頂きました」
そう言ってタンザナイトを見る。
「タンザナイト殿に氷系統魔術をお教えするという約束でしたが、気付けば私の方がタンザナイト殿の魔術に魅了されておりました。最高の環境に、最高の魔術師の皆様。…されど、ここを離れれば二度と皆様にお会い出来ないのだと思うと、とてつもない寂寥感に襲われました…」
リッカは話し続ける。
「ご存知の通り、現在の桜色の都の王宮に私の居場所はなく、帰ることの出来る場所はレイン離宮しかありません。静かな環境…と言えば聞こえは良いですが、実際は非常に侘しい住まいにございます。長年そこで過ごしてきたはずなのに…今は独りに戻るのが寂しいのです」
「そういえば、レイン離宮には警備の者しか置いていないと仰せでしたね」
ルーリが前に聞いた話を思い出すと、
「ああ。離宮に戻った所で、私を待っていてくれる人などいないのだ」
リッカはますます寂しそうな顔になる。
そして、
「畏れながら、マヤリィ様。先ほどのお話ですが、私の魔力など流転の國の皆様には遠く及びません。それでも…貴女様のお役に立てるのでしょうか…?」
縋るような目でマヤリィを見つめる。
「ええ、勿論よ」
マヤリィは即答する。
「この私が役に立たない者を配下にしたい、なんて言うと思う?…リッカ殿の実力は一ヶ月の間に見極めさせてもらったわ。貴女は本当に素晴らしい氷系統魔術師ね」
「マヤリィ様…!」
リッカは目に涙を溜めてその名を呼ぶ。
「で、では…本当に、私を貴女様の配下にして下さるのですか…?」
「ええ。貴女さえよければ、ずっと流転の國にいて欲しいの」
マヤリィは甘えるような声でそう言うと、美しい微笑みを浮かべてリッカを見つめる。
そして、リッカは結論を出した。
「はい…!マヤリィ様の仰せの通りに…!」




