⑨砂の王国
そこは、行き場のない子供達と巨竜種が共存する所…。
巨竜種の集落に辿り着いた二人はすぐにリュートの元まで案内された。
「リュート殿、初めまして。私は流転の國のクラヴィスと申します。本日は我が主に代わりまして貴方のお話を伺いに参りました」
「クラヴィス様、お目にかかれて光栄です。本日はこのような辺境の地までお越し下さり、ありがとうございます」
リュートはそう言ってお辞儀すると、隣に立っている美しい女性に見とれる。
その視線に気付いた彼女は澄んだ声で挨拶する。
「お初にお目にかかります。私は桜色の都の黒魔術師部隊を率いるシャドーレ・メアリー・レイヴンズクロフト。先日は私の部下が大変失礼致しました」
「と、とんでもございません!こちらこそ、驚かせてしまって申し訳ありませんでした」
「リュート殿とおっしゃいましたわね?私のことはシャドーレと呼んで下さいませ」
「畏まりました、シャドーレ様…!」
マヤリィとはまた違う彼女の圧倒的強者感。そして輝くばかりの美貌に魅了され、リュートは巨体を縮めて恭しく頭を下げた。
(シャドーレ様のオーラって半端じゃないな…)
隣にいるクラヴィスは既に霞んでいた。
「では、聞かせて頂きますわ。いつ頃から貴方達は国境線近くで暮らすようになったのですか?また、一番最初に捨て子を見つけたのはいつのことでしょうか?」
話し合いの段階になると、クラヴィスは書記に徹した。シャドーレの質問にリュートは全て答え、順調に話し合いは進んでいったが…。
「あら?」
いつの間にかリュートの隣に人間種と思しき子供が座っていた。
「貴女は桜色の都から来たの?」
リュートへの質問を一時中断して、シャドーレは子供に訊ねる。
「うん。うちは桜色の都に住んでた。でも、しばらく前にママはうちを砂漠に連れてきてそのままいなくなっちゃったの」
少女ははっきりとした口調で答える。
「砂嵐で国境線がどっちだか分かんなくなって、疲れて歩けなくなって、もう死ぬんだって思ってたら、リュート兄ちゃんが助けてくれたのよ」
「リュート兄ちゃん…?」
クラヴィスが聞き返す。
「うん。うちの他にも兄ちゃんに助けられた子供はいたけど、赤ちゃんとか、死んじゃった子もいたよ」
こんな話をしていると言うのに、少女は不気味なくらい冷静である。
「そうか…。ところで、君の名前は?」
クラヴィスが聞く。
「…ミノ。桜色の都エアネ町出身のミノだよ」
名前と一緒に出身地まで教えてくれた。
「エアネ町…ですって?」
シャドーレが反応する。そこは、前国王ツキヨが暮らすエアネ離宮が存在する町である。
「うちより後に来た子が言ってた。子供を殺したら罪になるから、桜色の都の法律が適用されない砂漠に捨てにくるんだって。国境線近くの町にはいらない子がたくさんいるんだよ」
ミノは淡々と言う。
「だからうちは桜色の都に帰れない。既に戸籍もなくなってるに違いないわ」
二人が言葉を失っていると、リュートが説明を引き継ぐ。
「悲しいことですが、ミノと同じくらいの子供達は皆そう思っているらしく、我等もそれを否定することが出来ません。…ならば、何とかこの環境に順応して、我等とともに砂漠で暮らしていく方が良いのではないかと思うのですが、このまま何もしなければ根本的な解決は望めませんし…。何とかして捨て子を止められないものか、悩んでおります」
リュートは葛藤していた。今いる子供達がここで穏やかに暮らして行けるならそれはそれで良いかもしれないが、今後もこの問題が続けば、その先はどうなるのか…。
「うちと同じくらいの子も結構いるよ。皆、兄ちゃん達に助けられたの」
ミノは見た目よりもずっと大人びたことを言う。自分の置かれた状況も分かっているし、都に帰れないことも分かっている。
これは捨て子という名の口減らしだろう。養女に出すあてもなく、何らかの理由で母親はミノを砂漠に置き去りにしたのだ。
「…そういうことでしたのね」
シャドーレはそう言ったきり、俯く。
現在、政治の中枢にかかわっている身としては何とかしたいと思うものの、桜色の都に住む全ての人々の生活状況を把握することは難しい。
(陛下、国の改革よりも優先すべき課題がここにありますわ…)
砂漠に住む巨竜種のことに関しては今頃マヤリィがヒカルに話しているだろうが、他にも報告しなければならないことが沢山あるとシャドーレは痛感した。
と、その時。
「お姉ちゃん、都の偉い黒魔術師さんでしょ?」
ミノが興味津々に話しかける。
「知ってるよ。うちの友達、お姉ちゃんと名前が似てるの」
「えっ…」
シャドーレが呆気に取られていると、ミノは一人の少年を連れてきた。
「貴方も…桜色の都から来たの?」
他に何と言えば良いか分からず、シャドーレは訊ねる。
「はい。僕の名前はシャドウ。…黒魔術師のシャドーレ様に因んで名付けられたと聞きました」
ミノよりも年上らしく、シャドウは落ち着いた声で答える。
「ですが、まさか本物のシャドーレ様に会えるとは思いませんでした。国境線に黒魔術師の方々が集まっていると聞いた時はもしやと思いましたが、先日はお姿が見えなかったので」
シャドウも『クロス』の出動に気付いていたらしい。
「シャドウ、せっかく会えたんだからサインもらいなよ。たぶんもう二度と会えないよ」
「そんな悲しいこと言うなよ、ミノ。僕は将来黒魔術師になって王都で暮らすんだ。その時は絶対に連れて行くって言っただろ?」
「だけど、都に帰ることも出来ないのに…」
シャドウとミノの会話を聞きながら、リュートは困っていた。クラヴィスも困っていた。しかし、シャドーレだけは違った。
「なぜこんなことが起きるのか私には解せませんが、分かったところで許せるものでもありませんわね…!」
彼女は苛立たしげにそう言ったかと思うと、打って変わって優しい声で、
「シャドウと言いましたね?せっかく会えたのですから、黒魔術のひとつでもお見せしますわ」
急に立ち上がって少年達を外に連れ出した。
《クラヴィス様、後は万事任せましたわよ》
という『念話』を残して。
「シャドーレ様…ミノは重くないですか?」
決して小さくはないミノを抱き上げ、シャドウと手を繋いで歩くシャドーレ。
傍から見れば親子のようだが、シャドウは彼女を見上げて頬を染めている。
「全然重くありませんわ。…貴方も抱っこしましょうか?」
「い、いえ…僕は大丈夫です…」
シャドーレの腕力を持ってすれば子供二人を抱き上げるなど容易いことだが、少年の方は恥ずかしがって顔を背けた。
そして、気付けばシャドーレの周りにはミノと同じくらいの子供が集まり、少し離れた場所ではドラゴン達が何事かと様子を伺っていた。
「巨竜種の皆様!突然お邪魔して申し訳ございません!私は桜色の都の黒魔術師、シャドーレ・メアリー・レイヴンズクロフトと申します!」
広場に着くと、シャドーレはドラゴン達に向かって呼びかける。
「誠に勝手ながら、暫しの間こちらの広場をお借り致しますわ!よろしければ、私の魔術をご覧下さいませ!!」
それを聞いたドラゴン達は困惑する様子もなく、一斉に拍手してシャドーレを歓迎した。
(この方々が巨竜種…。確かに、以前攻め込んできたという悪竜種とは全く違いますわね)
突然現れた自分を歓迎してくれたドラゴン達に感謝しつつ、シャドーレは『暗黒のティーザー』を取り出し、とっておきの黒魔術を披露するのだった。
「それにしても、なぜこんなに残酷な事実を子供達は冷静に説明出来るのでしょう?」
その頃、全てを任されたクラヴィスはリュートと二人で話し合いを続けていた。子供達がいては聞きづらいから、シャドーレが連れ出してくれてよかったかもしれない。
「…実は、彼等の中に白魔術の適性を持つ子供がおりまして、彼女が皆に『精神強化』や『感情抑制』といった魔術をかけているのです」
リュートは言う。それは一番最初に保護した子供で、今14歳だという。
「私が発見した時、彼女は回復魔法を発動することもなく、ただ死を待っていました。…いまだに家庭事情は分かりませんが、彼女がここで生きると決めた以上、聞く必要はないと思っています」
「ミノさんやシャドウさんも…同じなのですね」
「はい。今ここで生きている子供達は皆、彼女に精神強化魔術を施されています」
それを聞いて、ミノが自分の境遇を淡々と話せる理由が分かった。不気味なほど冷静に感じられたのは精神強化魔術のせいなのか。
「…そうでもしなければ生きていけないのですね……」
クラヴィスはそう言ってから、
「しかし、皆にそのような強力な魔術をかけられるなんて、その少女はかなりの魔力を持っているのでは?」
当然の疑問に行き着く。
「はい。我等にもそれは…」
と、リュートが言いかけたところで部屋に飛び込んできた者がいた。
「リュート兄さん!今広場がヤバいことになってんだけどー!絶対あれ見た方がいいって!」
早口でまくし立てるのはクラヴィスが今までに見たことのない姿をした少女だった。
色黒の肌にピンク色の髪。オーバーサイズのシャツにルーリもびっくりなミニスカート。よれよれの白衣を羽織り、厚底のブーツを履いている。
しかし、リュートは彼女の言葉を聞き流し、クラヴィスを紹介しようとする。
「ちょうどよかった。今、流転の國からお客様がいらしているんだ」
「流転の國ぃ!?」
彼女はその言葉を聞いた途端、大人しくなった。
クラヴィスは話が通じるか不安になったが、平静を装っていた。
「…では、こちらの方が?」
リュートが頷くと、彼女は落ち着いた声で自己紹介を始めた。
「初めまして。あたしは砂の王国の白魔術師ステラと申します。宙色の大魔術師様がおわします流転の國よりお越しになられたお客様、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」




