聖都リュミエール
首尾よく魔物を従えたルーとリアン。
次に向かうはいずこか。
「そうだな…装備や持ち物が少し寂しくなったからな…、聖都に行って物資調達と行こうか」
リアンは言う。
「聖都か…」
ルーが小さくつぶやいた。
「なにか不都合でも?」
リアンが冗談めかして笑うと、ルーはふっと目を細めた。
「いや、ただ“聖”という響きが、どうにも性に合わなくてな」
そう言いながらも、どこか興味深げな様子を隠せない。
◇◇◇◇
そして数日後。
二人と魔物たちは、聖都リュミエールの外縁にたどり着いた。城壁は白く高く、その威容は“都”にふさわしいものだった。
「…見事なものだ」
ルーが、思わず言葉を漏らす。
城門を抜けると、目に飛び込んでくるのは、広い庭園に咲き乱れる花々。
荘厳な教会に、そこにちりばめられた精緻な彫刻。子どもたちの笑い声と、楽師たちの奏でる音楽。
市場では香辛料と甘い菓子の匂いが入り混じり、様々な国の言葉が飛び交っていた。
「なんだ、これは…世界とは、こんなにも明るく華やかなものだったのか…」
珍しく感激に浸るルー。
その目は、かつて魔王であったことなど嘘のように、純粋で無垢なものだった。
「どうした、目を丸くして」
リアンが笑うと、ルーは少し口ごもりながら答える。
「いや…ただ、想像していなかったのだ。
これほどまでに、人が創る世界が、眩しく、そして温かいものだとはな」
ルーはふらりと、音楽の鳴る方へ足を向けた。
その姿は、好奇心に満ちた子供のようだった。
「おお、なんだあの楽器は!こんな繊細な音色、聞いたこともないぞ!
…あの木ででき楽器たなんというんだ!?」
「あれは、バイオリンといって、弦を弓で擦って音を出す楽器だよ」
「ばいおりん……」
ルーはその音の響きに合わせて体をゆらせ、演奏者の指の動きと、弓を持つ手の動きに見入っていた。
それは冥府には存在しなかった“美”だった。
「ただ音を出しているだけじゃない。あれは…そう、心の声を奏でているようだ」
ルーは感嘆の息をついた。
「これは“芸術”ってやつだよ。楽器だけじゃない、絵や踊り、詩なんかも、人間は感情を形にするために色々やってるんだ」
「感情を形に…」
ルーは目を細めた。まるで赤子が母親に抱かれたときに見せる安心しきった目のように。
「冥府には、嘆きの歌と、戦の音しかなかった。
だがこれは…和やかな愉しみに溢れている」
「はは、気に入ったか?」
「ああ。これには、心を癒す力がある。冥府の軍勢にも聞かせてやりたいくらいだ。
いや…聞かせるには、彼らにそれを楽しみ受け入れるだけの心があればの話だが…」
そう言ったルーの顔にはどこか影があった。
だがその表情には確かに、ほんの少しのやわらかさと、何かを大切に思う気持ちが芽生えていた。
「人間の文化ってのは、そういうもんさ。戦ばかりじゃないんだぜ、魔王様」
◇◇◇◇
ルーが街の楽団の即興演奏にかじりつき、いくらかの時間が経った。
「おのぼりさんもほどほどにしろよ」
茶化すリアン。
「…この街を、守らなければな」
ルーはリアンに聞こえないような小さな声で、そう呟いた。
リアンは様子を伺うが、ルーはそんなことにも気づかないほど物思いにふけっていた。
…そしてその夜、聖都の路地裏に、ひとつの影が忍び寄る。
穏やかな平和の裏に、何かが、確かに蠢き始めていた。