魔王のしもべ
次の日の朝…
「そろそろこの場所からもおさらばしないとな」
いつもの笑顔で、リアンは言った。
「そうだな、長居は無用だろう」
「しかし、ゆく当てはあるのか、ルー」
「まぁ、考えがないわけではないが…」
少し陰のある顔で会話を受け流すルー。
「ここからは少し遠いが、本格的な魔物を手なずけて、引き連れるというのはどうだろうか」
「けど、それじゃあ魔王としての正体がわかってしまうんじゃないか?」
「いや、その心配はない。私には魔物を異次元に留めておいて、必要な時だけ戦闘に参加させるという能力がある」
「そりゃすごいな!いったい魔王様は、どこかの未来のネコ型ロボットみたいなことができるんだな」
「なんだ、そのネコなんとかというのは?」
「いや、何でもない気にするな!
…それで、どこへ向かうつもりなんだ?」
「北の断崖地帯に“忘れられた谷”がある。魔物たちが群れをなして生きている“隠れ里”だと聞いたことがある。」
「なるほど、そこから仲間を集めるつもりか。だが“忘れられた”ってくらいだ、行き方も簡単じゃなさそうだな」
「いや、行くだけなら簡単だ。ただ、魔物の数が多い。それが、かの地を人から遠ざけた理由だろう」
◇◇◇◇
忘れられた谷についた2人。
やはり、この辺りも不穏な空気が流れている。
「はやく魔物を従えてくれ」
リアンが冗談交じりに言うが、その声にはどこか焦りが混じっていた。谷を覆う空気は重く、視界は薄い霧に閉ざされている。
「焦るな。力の誇示は、時として敵意を呼ぶ」
ルーは静かに呟き、一息ついた後、低く言霊を唱える。
「──われの前にひれ伏せ、冥府の眷属に従うものたちよ」
唸るような音が谷全体に響いた。
空気が一変し、辺りの魔力がざわめく。
すると霧の奥から、何十もの目がこちらを睨むように光り始めた。ゴブリンとは比較にならないほど強い魔物たちが本能で“気配”に呼応し、這い出してくる。
リアンが無意識に手を剣の柄にかけると、ルーが制した。
「手を出すな。彼らは試しているだけだ。私が、王たりえるのかを」
現れた魔物たちは、確かに威嚇するようにうなり声を上げていたが、誰一体として攻撃には転じなかった。ただ一歩、また一歩と、ゆっくりルーの前に集まり、ついには地に伏した。
リアンが驚いたように息を呑む。
「まるで跪き許しを請うているみたいだな…」
「“悪の本能”が、かつての王を見分けたのだ」
ルーの表情にはどこか痛みも混じっていた。それは誇りというより、かつて背負っていた十字架の重みを感じているかのようだった。
「…だが、これだけでは終わらない」
「え?」
ルーは手を挙げ、谷に集まった魔物たちに告げる。
「私は魔王である。しかし今、私は“ハデス神に背いた者”だ。それでも私に従うのか?」
一瞬、その場が静かになる。
だが次の瞬間、先頭にいた巨大な獣―ヴォルグ=レクシアス(灼熱の災厄竜)が、喉を鳴らして咆哮した。
それに続いて、他の魔物たちも叫ぶように鳴き声を上げ始める。
それは、服従の叫び。
神に背いた王に、なおも忠を捧げる“悪の群れ”の誓いだった。
リアンはその光景を見つめながら、静かに言った。
「すごいな。こんなにも禍々しいのに、なんでだろうな。あんたのことがどこかの国の王様のように見えたよ」
「それは皮肉か?私はまっすぐ生きるには、あまりに多くを殺し過ぎた」
ルーは静かにそう言い、2人は霧の中を進み、谷から出ていくのだった。