魔王の「正しさ」
リアンは、静かに墓の前で手をあわせる。そよぐ風が優しく頬を撫でた。
「ここに眠っている仲間、俺の幼馴染だったんだ。優しいやつでさ、いつも味方をかばってはケガばかりしていたよ」
「とんだお人よしだな。だから死んだんじゃないか?」
「……ああ、そうだな。そうかも知れない。
…そうかも知れないけど、それがあいつの生き方だったんだ」
リアンは悔しそうに言った。
「人は自分の生き方をそう簡単に変えることなんてできない。正義なんて無駄に強気な言葉なんか、使いたくはないけど、それでも人は何かの正しさのために生きる。そういうもんじゃないかな…」
ルーはハッとした。自分の境遇に、今の言葉が共鳴したのだ。
ハデス神の寵愛を受け、それに殉じようとしてきた忠誠心もまた「魔王としての正しさ」だったのかもしれない。そんな気がしたからだ。
冥府の秩序も、ある意味、「冥府の正義」と呼ぶことはできまいか。
愛する妻の裏切り、ハデス神の翻意。これがなかったら、もしくはリアンとはこんな会話をすることさえ無かったかもしれない。
冥府の秩序から爪はじきにされ、ここに至った己は、さしずめ悪にとっての悪。
それは、もはや正義と呼ぶことさえできるのかも知れない。
そう思うのであった。
「リアン、果たして今の私は“正しい”のだろうか」
「さあ、そんなのわからないよ。だって、あんたは俺の仲間の誰かを殺したのかも知れないんだからな」
「そう…だな…」
果たして今のわが身は、なんとすればいいのだろうか。思い悩む元魔王であった。
◇◇◇◇
日が暮れる頃、二人はニブルヘイムの小さな宿へと身を寄せた。これからの行動の計画を立てる必要がある。
「……まず、ハデスを討つためには、奴の力の源である3つの“冥界の残響”の力を封じねばならない」
ルーが語る。かつて冥府の第一級魔導士として仕えていた彼には、“冥界の残響”の所在と性質に心当たりがあった。
「私はまず<黄泉の谷>に向かおうとした。そこには、残響のひとつ“奈落の奔流”がある」
「その残響の力を抑えれば、ハデスの力を削げる?」
「ああ。奴の神としての力を剥がし、3つすべての残響の力を抑えれば対等に戦える……いや、それでも勝てるかはわからんが」
リアンは頷いた。
「でも、それしかないんだろ?だったらやるしかない」
「お前はお気楽で良いな」
「茶化すな」
ルーは、しかし、少し思案気にうつむく。
「…しかし、その前に少し試したいことがある。」
「なんだ?」
「ここらにモンスターの生息する場所はないか?」
「モンスターなんて、そこらじゅうにいるが。この町のはずれの森に行けばすぐに会えるだろうな」
「それなら話が早い。早速そこへ案内してくれ」
2人は、ニブルヘイム外れにある“沈黙の森”へと消えていった。