死地
翌朝、ミュリエルに一通の書状が届く。騎士団参謀からだ。
上層部の判断はこうだった。
――単独で、魔王ルシファー・ノクスを、東方境界の瘴気地帯へ派遣する。
公式な理由は、「彼の圧倒的な戦力を最大限有効活用するため」だった。しかし、だれの目にもそれは口実に過ぎないことが明白だった。
かの地は、戻ったものがいない死地だったからだ。
ミュリエルは思う。
(…彼らは、ルーを消そうとしている…)
翌日、ルーはいつも通り無表情で装備を整えていた。
「命令だ。行ってくる」
それだけを言い、背を向ける。彼は知っているのだ。これは帰れぬ旅であると。それでも従うのが、彼なりの矜持なのだろう。
ミュリエルの胸はかき乱される。
「待て、ルー。あそこに行くな……死ぬぞ」
「俺は魔王だ。死なぬと保証はできんが、恐れてはならん」
淡々とした声に、逆に哀しみが滲む。
その時だった。聖都近郊から異常な報せが入った。瘴気濃度が急激に上昇し、兵が次々と倒れているという。
しかも、ただの自然現象ではない。現場から戻った斥候の断末魔には、不可解な言葉が混じっていた――「瘴気が喋っていた」と。
知性を持った“何か”が、瘴気を操っている。これまでの瘴気獣とは次元が違う脅威だ。
しかし、上層部はなお、単独派遣の方針を崩さなかった。むしろ都合が良いとばかりに、ルーに全て押しつけようとしている。
ミュリエルは拳を握る。命令に従えば、彼は罠にかかり死ぬ。だが、無視すれば自らの地位も失う。
翌日、ルーは死地へと赴いていった。何も言い残さなかった。
ミュリエルは、瘴気問題へと取り掛かることとなったのだ。
誰も、彼を見送ることはなかったのだった…。




