抹殺命令
再度ルーの活躍、瘴気獣討伐の報せが聖都に届くや否や、その名声はさらに高まった。
「黒き守護者と聖騎士が肩を並べて戦った」
その噂は、市場から酒場、貴族の屋敷にまで瞬く間に広がっていく。
前回を超える熱狂ぶりである。
人々の笑顔を遠巻きに眺めながら、ミュリエルは胸の奥で言いようのない感情を噛みしめていた。
あれは、間違いなく「戦友」だった。
戦場で見たルーの剣筋、背を預け合った瞬間の確かな手応え。それらを否定することは、彼女にとっても容易ではなかった。
――しかし、熱狂の陰では、別の空気が渦を巻いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
聖騎士団本部。厚い扉の向こう、名誉団長席の隣に座る参謀の眼差しは冷たく研ぎ澄まされている。
「……あの魔王を野放しにしておくわけにはいかん。民衆はもう、彼を救世主と見ている。いずれ聖騎士団の権威を脅かすだろう」
上層部の面々も頷き、やがて一人が低く告げた。
「戦果を否定し、危険人物として抹殺する。早急にだ」
その視線が、真っ直ぐミュリエルに突き刺さる。
圧力は重く、呼吸を詰まらせるほどだった。それでも、ミュリエルの胸中では、戦場の光景が鮮やかによみがえる。
背を向けず、己の命を盾にして瘴気獣に挑むルーの姿──あれが本当に“抹殺すべき危険”なのか。
葛藤は膨れ上がり、彼女は思わずリアンの顔を思い浮かべた。
冷静で、偏見に流されないあの仲間なら、何か助言をくれるかもしれない。
しかし、その望みも上層部の一言で断ち切られる。
「この件は極秘だ。外部はもちろん、団内の者にも漏らすな」
重い扉を出た瞬間、石造りの廊下の冷気が、妙に肌に刺さった。
――どうする、私……。
義務と、あの背中への敬意。その板挟みの中で、ミュリエルは一歩、また一歩と足を進めた。