魔族討伐
聖都の外れ、灰色に霞む丘陵地帯。
ルーとミュリエルたちは、騎士団の魔族討伐に駆り出されていた。リアンは野暮用とのことで同行していない。
討伐以上に重要な「野暮用」とはこれいかに・・・
地鳴りのような唸りと共に、瘴気をまとった獣の群れが押し寄せていた。毛皮は黒ずみ、目は赤く爛れ、口からは粘つく蒸気を吐き出す。
「数が多すぎる…!」
前線の兵が矢を放つが、獣の皮膚に弾かれ、逆に飛びかかる爪に斃れていく。
指揮官の顔は青ざめ、戦列は崩壊寸前だった。
そこに、ゆっくりと歩み出る影があった。
漆黒の外套を翻す魔王ルシファー——ルー。その隣には銀の鎧を纏った聖騎士ミュリエルが立つ。
「…本当に、あんたと組むしかないのね」
ミュリエルは苦々しげに呟いた。
「生き残りたければな」
ルーは微かに笑い、右手に瘴気を凝縮させる。
戦いは瞬時に始まった。
ミュリエルの聖槍が閃光のように走り、突き貫かれた獣が浄化の炎に包まれて消える。
その背後でルーの放った黒い稲妻が群れを薙ぎ払い、爆ぜた瘴気が闇の奔流となって広がった。
二人の動きは奇妙に噛み合っていた。ミュリエルが防ぎ、ルーが討ち、ルーが誘い、ミュリエルが仕留める。敵は次々と崩れ落ちていく。
だが——
「……くそ、抑えが効かない」
ルーの肩が震え、全身から溢れる瘴気が形を成し始めた。獣たちすら怯むほどの圧力。
黒い渦が暴れ狂い、空気が凍り付く。
「ルー!」
ミュリエルは咄嗟に駆け寄り、聖槍を逆手に持って彼の胸元に押し当てる。
白光が溢れ、黒い瘴気と拮抗した。彼女の額に汗が滲み、唇が震える。
「暴走するなら…ここで討つ!」
「うっ!……ふっ……」
ルーの声はかすれ、しかし次第に瘴気は収まり、静寂が戻った。
戦場には、もはや瘴気獣の影もなかった。
息を整えるミュリエルに、ルーが一歩近づく。
「感謝する、騎士団長殿」
「まだ…信用したわけじゃない」
ミュリエルは目を逸らしたが、その声音にはわずかな揺らぎがあった。
「でも…あんたとは、一緒に戦えるかもしれない」
灰色の空の下、二人の間に言葉にならない何かが生まれた。
それはまだ脆く、小さな芽にすぎなかったが——確かに、信頼へと繋がる兆しだった。