黒き守護者
ルーの足元には、なおも焦げ跡と燃え残った残骸。吹き荒れた嵐の爪痕が街を刻んでいる。
「お前はかつて葬った多くの命を、そこで生活する人々の笑顔を奪ったことを覚えているか!?」
ミュリエルの声が、聖都に響いた。
「罪なき村を焼き笑っていた……私は忘れない。あの日の黒き影を!」
剣先はルーに向けられたままだ。彼女の瞳は怒りに溢れていた。
しかし、リアンが一歩、前へ出た。
「…ミュリエル」
その声は静かだったが、広場の空気を変えた。
「確かに、ルーは過去に人を殺したのかもしれない。あなたが言うように、冥王としての罪を背負っているのかもしれない」
リアンはルーを振り返る。ルーは沈黙の中で、ただその言葉を受け止めていた。
「でも、今…彼は、我々を救った。民を守るために動いた。」
リアンの声が震える。
「“過去”と“今”、どちらを信じるべきだろう?俺は…今を、信じたい」
ミュリエルの剣の先端がわずかに揺れた。
その時だった。周囲に集まっていた民衆の中から、声が上がった。
「あの男が助けてくれたんだ!」
「炎の中から、娘を救い出してくれた!」
「聖騎士団よりも早く駆けつけて!」
ひとつ、またひとつと声が上がる。
誰かが言った。
「黒衣の彼は、まるで闇から現れた、守り手みたいだ…」
「黒き守護者だ!」
ざわめきが波紋のように広がっていく。
ミュリエルはその様子を見て、複雑な表情を浮かべた。
「馬鹿な…民が、冥王を英雄視するなんて…!」
その瞬間、聖騎士団の副団長が歩み出た。
「ミュリエル様。あなたの報告は理解しました。しかし、彼を拘束するには証拠が足りない。加えて…」
彼は周囲の民の様子を一瞥する。
「今ここであの男を断罪すれば、聖都の民の支持を失います。」
「…くっ」
ミュリエルは奥歯を噛み締めた。
やがて、彼女は剣を鞘に収め、ルーに視線を向けた。
「納得はしていない。あなたの力も、過去も、信じることはできない」
「……」
ルーは何も言わない。
「けれど…見届ける義務はある」
ミュリエルは歩み寄り、リアンの隣に立つ。
「私は騎士として、あなたを監視する。次に力を誤れば、そのときは私が止める。いわばお目付け役としてな」
ルーはその言葉に、わずかに目を伏せた。
「わかった…受け入れよう…」
かくして、“冥王”ルー=ルシファーは、聖都にて“黒き守護者”と呼ばれ、民に迎え入れられることとなった。
だが、その背に纏う瘴気が完全に消えることはない。
そしてミュリエルは、沈黙の中で誓った。
次こそは、必ず見極めてみせる。彼が本当に「人間」として歩めるのかどうかを。
風が吹いた。それは、あるいは今後の行方を占う希望の風だったかもしれない。
ミュリエルは、ルーの監視役として一行に帯同することとなった。