正体
聖都に突如、禍々しい嵐が吹き荒れた。
「リアン、後ろだ!」
ルーの叫びと同時に、上空から刺客の一体が襲いかかる。その者は聖なる衣に包まれてはいたが、暗黒の気配が濃厚だった。
「…っ!」
リアンは剣で受け止めるも、敵の力は重く、吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられたリアンの目の前に、刃が振り下ろされる。
「間に合え!」
ルーの瞳が赤黒く輝いた。
「冥府の門、我が名ルシファーの名のもとに開け!」
空間がねじれ、魔法陣が現れる。そこから迸るは、焼き尽くす業火。
襲い掛かろうとした敵数名が炎に包まれ、絶叫と共に消し炭と化した。
「時期が悪かったか!引くぞ!」
聖なる衣に包まれた者は、そう言って逃げていった。
静寂が訪れる。
そこに駆けつけていたミュリエルが、ルーの放った冥府魔法の余波を目の当たりにする。
「今の、魔法は……」
ミュリエルの声が震えた。
ルーの背に漂う瘴気。空気をすらねじ曲げる“冥府の力”。
「お前…やはり…その力を……!」
リアンが立ち上がろうとするも、ミュリエルの怒声がそれを遮った。
「リアン、離れろ!その男は危険だ!あの魔法、あの瘴気、あれは間違いなく“冥王”!」
ミュリエルの手が剣の柄に伸びる。
「その力で、かつていくつもの村を焼いた。たくさんの命を奪った…私は…私は見たんだ!あの日、死者の谷で立ち尽くす、黒衣の男を!」
ルーは視線を伏せ、口を開こうとはしない。
リアンは、ただ息を呑んでその場を見つめていた。
ミュリエルの剣先がルーに向けられる。
「これ以上、聖都に冥府の穢れを持ち込むな!」
あたりに風が吹く。それは悲しみを纏った、静かな風だった。
ルーはしかし、静かに佇んでいた。