聖騎士団団長
聖都の北区、大教会の裏手にて。
石畳の路地に、ルーとリアンの足音だけが響いていた。
「空振りだったみたいだな」
リアンが苦笑しながらつぶやく。
先ほどまで真剣だった空気が少し緩む。
「確かに、あの鐘はただの時報のようだ。だが」
ルーは立ち止まり、眉をひそめた。
「この空気、どうにも…澄みすぎている」
「今度は空気の話か?」
冗談めかすリアンだったが、次の瞬間、ルーの目が鋭く細まった。
「…来るぞ」
その言葉とほぼ同時に、路地の両側に甲冑のきしむ音が鳴り響いた。
突如現れた白銀の鎧に身を包んだ聖騎士たちが、無言のまま2人を包囲する。
手には抜き放たれた長剣。
「夜更けに、何用か」
声が降る。
その中心から現れたのは、ひときわ荘厳な鎧を纏った長身の女騎士だった。
銀の髪を後ろで結い、氷のように冷たい眼差し。
その存在感は、辺りの空気を引き締める。
「私は聖騎士団団長、ミュリエル・オルディア。この地の治安を預かる者だ」
リアンが一歩前に出て応じた。
「俺たちはただの旅人だ。宿に帰る途中で、ちょっと道草を食ってただけさ」
ミュリエルはリアンを一瞥すると、すぐにルーを見据えた。
「旅人、か。お前の隣の男、名前は?」
「…ルーだ」
ルーが答えると、ミュリエルの瞳がほんの僅かに揺れた。
「その身から漂うもの、尋常ではないな。まるで瘴気の残滓…“魔”の気配を感じる」
静かだが、鋭く突き刺すような言葉。
周囲の騎士たちが剣を構え直す音が一斉に鳴った。
リアンが焦り、ルーの前に立ちふさがる。
「こいつは確かに、変わったやつだが、悪いことはしてない」
リアンが言い終える前に、ルーはリアンを制し、ゆっくりと一歩進み出る。
ミュリエルの視線とぶつかり合った。
「かつて“魔”であったことは、否定しようがない。だが今は、お前たちの敵ではない」
言葉に力はなかったが、揺るがぬ意志がそこにはあった。
ミュリエルはしばし沈黙する。
しかし、やがて彼女は小さく息を吐き、鞘に剣を収める。
「……ふっ、まぁ今宵はお前の隣にいるマヌケに免じて見逃そう。だが我らはこの聖都を守る者。もし貴様が、聖を汚すような真似をしたなら…その時は、容赦なく斬る」
「それでいいさ」
ルーが小さく口元を緩める。
ミュリエルは騎士たちに手を振り、包囲が解かれた。
「お前、隣のやつに用心しろよ、なぁ勇者リアン。いや、“かつて勇者だった”と言うべきかな」
「!」
とっさのことに驚くルー。そう、ミュリエルはかつて勇者リアンとともに魔物を討伐した戦友なのであった。