不穏
聖都リュミエールの一角にある古びた宿。遠くで清らかな鐘が鳴る…
リアンは柔らかな布団の上で、大きく伸びをしながら言った。
「いやぁ……いい街だったな。音楽も、人も、飯もうまい。たまにはこういうのも悪くない」
ルーは椅子に腰かけたまま、窓の外をじっと見ている。
―――ここ聖都は、魔物から遠ざけられている。聖都が誇る有名魔術師たちによって、“7重結界”が張られているのだ。
さらに、大聖堂の加護もある。聖なる霊気が、魔物の瘴気と反発する。
ルーがふと目を閉じると、顔が一瞬、凍りついたように硬くなった。
「…これは…」
「どうした?」
ルーは立ち上がり、静かに言う。
「魔物の気配だ」
「…は? ここは聖都だぞ」
「そのはずだ。だが、確かに感じる。冥府の瘴気が混じったような、濃い“悪意”が、この街の中にいる」
リアンがすぐさま腰の剣に手をかける。
「どこだ、場所は?」
「まだはっきりとは…、いや、北区……あの大教会の裏手。先ほどから聞こえる鐘の音、やはりただの合図ではないかも知れぬ」
ルーはそう言うと、窓の外へ視線を向ける。
聖なる都に、魔が忍び寄る。
気づいているのは、かつて“魔”であった者だけだった。
◇◇◇◇
鐘の鳴る先へと進む2人。
…がしかし、その行動は徒労に終わる。
その鐘の音は、ただ定時を知らせるものでしかなかったのだ。
「どうしたものか…」
ルーがつぶやく。
「お前の勘も、鈍ってきているんじゃないか?」
「いや、確かに感じたんだがな…」
煮え切らない態度のルーであった。