魔王です。
ハデス様は傲慢だ。
当たり前である、ハデス様は冥府の神にしてこの世の悪の権化だ。
ハデス様の欲は深く、冷酷無比。戦死者の血を飲み干すともいわれ、恐れをなし信仰に至るものも多い。
まさに冥府を統べるにふさわしい「最悪」なのである。
私の名は、ルシファー・ノクス。ハデス様の直属の第一級幹部にして冥界魔法の権威だ。
私は自分で言うのもアレだが部下の信任も厚く、ハデス様の覚えもめでたい。
戦績もすこぶる良く、自慢の冥界魔法をお見舞いした向こう見ずな勇者どもの数も、200は下らない。
こんな私だが、最近少し困ったことになっている。
この私ともあろうものが、ハデス様のことが嫌いになってしまったのだ。
ただ嫌いになっただけではない。
なんか、こう、俗にいう「生理的に嫌い」っていう感じになってしまったのだ。
◇◇◇◇
ことのはじまりは、木枯らしふく冬のことだった。
ある冬、私はとある勇者軍の討伐のため、山岳地帯に遠征に向かっていた。
遠征は成功だった。勇者の猛攻を防ぐバリア魔法、ヒーラーを的確に撃退する魔法の妙技、アタッカーの粉砕、、、すべてが完ぺきだった。
遠征は完ぺきだった。完ぺきだったのだが・・・
私には8人の妻がいる。
すべての妻に等しく愛を注いでいる。建前上は。
しかし、特に気に入りの妻がいる。その名をリリス・ノクティアという。
リリスは、俗にいう「悪女」だ。
その女体の豊満さ・理知的な雰囲気・それでいて優し気なたたずまい。それ加え、その色香はとどまることを知らず、あらゆる男に向けられる。よくいわれる「色狂い」の女なのだ。
よく巷で口にのぼる小話がある。
「ただでヤらせる女は下だ。ヤらせてくれそうで、ヤらせてくれず、しかしそのちょうどいい時期が来たとき、ヤらせてくれる。
こういう女が上玉だ」と。
リリスはまさにこの「上玉」の女だ。
手が届くか届かぬかわからないところにいる女が、一番所有欲を掻き立てるものだ。
その遠征では、リリスが付き添いで来てくれるはずだった。
もちろん常に帯同させるのは、戦争の性質上不可能だ。
年の瀬でもあったこの遠征では、正月にリリスが合流する手筈となっていた。
俗に行く「姫はじめ」としけこもうとしていたのだ。
しかし、問題が生じる。
いつまでたっても、リリスが姿を見せないのだ。
はじめは、この冬の行軍、途中で馬車が雪道にふさがれ、工程に遅れが生じているのだろうと思っていた。
だが1日がたち、3日たち、そして1週間がたち、そしてとうとう正月を迎えて1月がたとうとするこの時まで、
いくら待てど暮らせど、姿を現さない。
「どうしたことか・・・」
私は途方に暮れた。