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第6話 1-5 海斗の事情と田上瞬

 海斗は、徳川ジムのリーダー、田上瞬との出会いをベンタに話して聞かせた。

 ……………………………………………………………………………………………………

【海斗の回想、始まり】

「徳川会長と田上さんから聞いた話なんだけど、東日本大震災のあった日、田上さんが宮城県の仙台出身で、家族も震災にあって大変だったらしい。会長と田上さんは、東北の復興のために毎年ボランティアに来てくれて、一緒に炊き出しをしたり、ボクシングのデモンストレーションをみんなに見せてくれたりいろいろ協力をしてくれてたって。俺が中学二年の三月、震災の記念日に会長と田上さんがトレーニングを兼ねて自分の田舎の【島越しまのこし】に来てくれて、少しづつ進んだ復興を喜んでくれた。朝のランニングの時に偶然田上さんの練習を見たんだ」

 海斗がその時の様子を思い出しながらベンタに話をした。

 田上が朝の練習中、偶然近くをランニングで通った海斗が、田上の素早い動きを見て足を止め、驚きの表情で見つめていた。

「ボクシングの練習を見るのは初めてかい?」

 田上が海斗に声をかけた。

「あっ、はい。動きが早くてすごいなあと思って」

 海斗が答えた。

「ハハハ、凄いかい? もし興味があるなら一緒にやってみるかい?」

「えっ、いいんですか?」

 田上の突然の申し出に海斗が驚いた。

「勿論だ。その代わり条件が二つ。一つ目は親御さんの了解をとる事。二つ目は練習時間が朝は六時からと夜は七時からになる。まあ、どっちでも好きな時に来ればいい」

「はい、ありがとうございます」

 海斗が感激しながら返答をした。

「何かスポーツはやってるのかい?」

 田上がシャドーをしながら聞いた。

「野球をやっています」

 海斗が元気よく答えた。

「名前はなんていうのかな?」

分銅海斗ぶんどうかいとといいます。十四歳です」

「ぶんどうかいと君だな。分かった。俺は田上瞬。プロボクサーだ。よろしくな」

「はい。宜しくお願いします」

「場所はここだ。無理はしなくていいからな」

 田上が念を押すように言った。

「はい、わかりました」

 と言いながら海斗が一礼をして頭をさげた。

 田上が頷きながら、

「じゃあ、またな」

 と右手を振った。

 海斗がさらに一礼をして、走って行った。

 田上は次の防衛戦の試合のための練習をかねて?島越しまのこし?を訪問した。三陸の綺麗なリアス式海岸の風景を見ながら砂浜を走り込み、地元の体育館を借りて練習をした。

 田野畑村が全面的に協力して実現したのだった。

今回はスパーリングを行わず、あくまで体力強化が目的だった。

次の日の朝から海斗が田上の練習に一緒に参加した。

そしてそれから二週間。

 田上と徳川会長に色々教わりながら、きつい練習についていった。

二週間の練習のなかで、徳川と田上は海斗が震災で両親を亡くしたことや、妹と二人を祖父母が育ててくれていることを知った。

海斗の運動能力とボクシングへの取り組み方や興味、意欲を感じ、練習最後の日、

「もしボクシングを志す気があるなら、その時は連絡をくれればいい。全面的に協力するよ」

 と言って連絡先の書かれた紙を渡して帰京していった。

 海斗は中学三年生になり、最後の夏の県大会地区予選で敗退し、同級生が高校受験に向けて気持ちを切り替え始めたとき、学校の成績が良かった海斗は、担任の教師から野球の強い進学校受験を進められる。祖父母も高校で野球を続けることを希望していた。

進学して野球を続けるか、それとも東京に出てプロボクサーを目指すかを悩んだ末、田上に連絡をとると、往年の名ボクサーの様々な資料やDⅤD、ジム所属ボクサー達の実際の生活や練習環境を説明したパンフレットを送ってくれた。

その資料に目を通した海斗が祖父分銅栄治郎にボクシングへの情熱を伝えると、海斗の家族を思う気持ちに感謝しながらも盛岡の高校進学を望んでいた亡き息子夫婦である海斗の両親の気持ちを思い承諾を拒んだ。

海斗が悩んだ末、田上に連絡を取りそれを伝えると、ジムの会長『徳川万世』が田上と一緒に岩手県下閉伊郡田野畑村島越しまのこしに住む海斗の祖父母まで会いに来てくれた。夏休みに入る直前の七月の中旬の土曜日だった。

 徳川は、

「高校を卒業してからでも決して遅くはない。それでも……どうしてもボクシングに人生を懸けるというのならその時は全面的に協力するよ」

 と伝えて帰京した。

海斗は妹と祖父母の生活のために、そして自分の人生を自分の力で切り開くために高校進学と野球を諦め、プロボクサーになる固い決意をし、祖父栄治郎に相談する。

「必ず十年で引退すること」

 を条件に、プロボクサーになる事を許されたのだった。そして祖父栄治郎から託された、もう一つの【厳命】を深く深く心に秘めて。東日本大震災で亡くなった海斗の父が果たす事が出来なかった分銅家の肉親以外誰も知る事のない秘密と共に。

 海斗がプロボクサーになることを許された日から、約八か月が経過した。

 同級生がすべて高校に進学する中、三月八日に海斗は無事卒業式を終えた。

 三月十三日、家族や同級生みんなに見送られて、JR盛岡駅まで迎えに来てくれた徳川会長と東北新幹線に乗り、駅で徳川が買ってくれた駅弁とお茶を途中の仙台駅あたりで一緒に平らげた後、しばらくは徳川と話をしていたが、昨夜故郷を離れる寂しさからほとんど眠る事が出来なかったせいで、海斗は突然睡魔に襲われた。

大宮近くまで来たとき徳川に起こされ、新幹線の車窓から初めて観る東京近郊の風景を眺めながら上野に到着した。荷物を抱えてそのまま上野駅で下車し、JR常磐線に乗り換え約二十分後、念願だった松戸駅に到着した。

プロボクサーを目指し、岩手県下閉伊郡田野畑村島越から徳川ボクシングジムの所在地である千葉県松戸市に、海斗はついに上京を果たしたのだった。

【海斗の回想の終わり】

 ……………………………………………………………………………………………………

 海斗自身の生い立ちから徳川万世、田上瞬との出会い、そして進学と野球を諦めプロボクシングという過酷なプロスポーツを選択した話を聞きながら、ベンタの心に何かが芽生え、少しづつ生きる力が湧き始めていた。

 早生まれのベンタこと東弁太一とうべんたかかず十五歳。分銅海斗十六歳。

 共に高校進学を諦め、和歌山と岩手、それぞれの故郷に家族を残し、プロボクサーという未知の世界での頂点を目指して、上京してきた同学年の二人。

 若くして背負ってきた艱難辛苦を認め合いながら、お互いの生い立ちと、上京してからのジムでの厳しい練習と寮生活、バイトでの苦労話や数々の思い出話に花を咲かせた。

 そして実際は、周りにいる多くの人たちの愛情に支えられて生活が出来ていることに、気が付く心の余裕が無かったことを改めて再認識し合ったのだった。

 雨が止んだ松戸駅に到着した電車から多くの人が降りて、構内で新京成電鉄に乗り換える人や、そのまま改札を出て帰路を急ぐ人で駅は混雑していた。

 駅周辺の飲食店の賑わいや、華やかなネオンに照らされる松戸駅前を見渡しながら、人混みの中をすり抜けて、ベンタと海斗は、徳川ボクシングジムに向かってゆっくりと歩いて行った。 



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