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穏やかな風がゆるやかに丘を撫で、足元ではふわふわと白い花が揺れている。レイは、大きな籠を側に置きながら、ぼんやりと白い花に手を触れた。ふわふわ手のひらを擽る白い花、いつもなら見ているだけで癒されるこの花も、どういうわけかレイの心を落ち着かせてはくれない。


こんな気持ちにさせられるのは、アザミの顔が頭にちらつくからだ。


縋るように掴まれた手の熱さ、それから、揺らいだ瞳に見えたアザミの思い。本当の気持ちに触れてしまった気がして、レイの胸はその度に苦しくなる。


いや、何をそんなに思い悩む事がある、プロポーズされたのだって、アザミが面白がっているだけなんだから。


そんな風に、きっと何もかも自分の思い過ごしで、なんて事ないんだと自分の心を軽くさせようと努めても、そんな単純な話に落ち着かないのは、レイも分かっている。アザミがこの瞳に興味を持っているだけの王子だったら、こんなに悩む事はないのに、アザミの瞳を見ていたら、本気なのかもしれないと感じてしまって。


だけど、だからって、自分に何が出来る。


レイの中には、アザミと共に過ごした思い出はないし、アザミに返せる思いはない。それなのに、胸の奥に引っ掛かった何かが、アザミを突き放そうとするレイを呼び止めるみたいで。


「…なんなんだよ、一体」


「見事な花畑だ」


「え、」


頭を抱えた直後、またしても突然聞こえたその声に、レイが驚いて振り返ると、いつの間にかアザミが側にやって来ていた。目が合えばにこりと微笑みが返され、レイは舌打ちをしてそっぽを向いたが、アザミはレイの態度を気に留める様子もなく、のんびりと辺り一面に咲き誇る花を眺め、大きく腕を空に伸びをしている。



ここは、タタスの村を見下ろせる高台の丘。山道を登った先に開けた敷地があり、その一面に、ホランという白く可愛らしい花が咲いている。この花から名前を取って、この場所はホランの丘と呼ばれていた。


レイは花を摘むと、傍らに置いた籠の中へと放った。籠の中には、たくさんのホランの花があった。


「ホランの花か。ここで集荷してるのか?」


レイの様子に構わず尋ねてくるアザミに、レイはアザミの顔を見ないまま、素っ気なく答えた。


「ここは、自生してる場所だから。集荷用に栽培してるのは、あっち」


レイは、丘の斜め下の方を指差した。この丘よりは低いが、村よりも高い位置にあるその丘にも、白い花が咲き誇る花畑がある。面積でいえばこの丘よりも広く、きちんと整備が行き届いている。

レイがこの場所にいたのは、ただこの丘が好きだからだ。この丘からの景色も、ホランの花も、レイにとっては心を癒す場所の一つで、何かあると、よくこの場所に来ていた。今だって、心を落ち着けたくて来たのに、どうして心を掻き乱す張本人と鉢合わせてしまうのか。文句の一つも言ってやりたいが、これ以上、アザミに心を掻き乱されるのはごめんだ。今だって、気持ちを落ち着けようと必死なのに。


「星祭り用か」

「…そう。今年は星結いの儀もあるから、例年より多くの花が必要だからな。上手く咲いてくれて良かったよ、この村にとって貴重な収入源だし」

「それでは、星結いの儀を成功させなくてはな」


アザミの顔を見たら、心が勝手に騒ぎ立てそうで、だからレイは顔を背けていたのだが、その思わぬアザミの言葉に、レイはパッと顔を上げた。星結いの儀の成功とは、アザミがどこぞの姫君との婚約を前向きに考えているということだ。ならば、自分へのプロポーズはただの気の迷いや、アザミのからかいで、自分が深刻になる事はやはり何もないじゃないか。


そうか、なんだよ、良かった良かった。


安堵が表情を緩めたが、それでも胸の奥が密かに騒つくのはどうしてだろう。きゅっと唇を噛みしめたレイだが、そんなレイの複雑な思いは、アザミの、にっこりとした笑顔に再び乱されてしまう。


「君と、私のな」


間近に迫るその整った微笑みは、瞳だけが妙に熱っぽくて。レイは顔が熱くなる予感に、慌ててアザミから顔を背け、距離を取った。


「だ、だから、なんで俺だよ!俺の為にも、隣国の王女と結婚してくれ!みんなだって、そう思ってるのに!」

「待て、皆は別として、何故、君の為になる。まさか、誰か心に留めた相手がいるのか?」


逃げるレイの腕をアザミが掴めば、レイは焦ったままその手を振り払った。その際に見えたアザミの表情は、困惑と、どこか傷ついたようにも見えて、レイは咄嗟に顔を背けた。


「…別に、相手なんかいない」

「…そうか」


あからさまに、ほっとしないで欲しい。それだけ想われていると、勘違いしそうになる。


レイは、そんな自分の考えに、いや、何を勘違いしかけているんだと、心の中で叱咤した。


こんな自分相手に、どうしてアザミが気持ちを揺らすのかが分からない。だって男だし、例え女だとしても、誰がどう見たって不釣り合いで、そもそも自分には何の取り柄もない村民で。あるのは、厄介な瞳だけだ。


それでも、アザミが自分を選ぶ理由があるとするなら、一つしかない。


レイは唇をきゅっと噛みしめると、アザミに背を向けた。


「…俺が、こんな瞳だからだよ」


出来るだけ感情を抑えながらそう言うと、レイは側に置いていた籠を抱えた。そのまま歩き出そうとしたが、アザミが焦った様子でレイの前に回り込んだので、レイは俯いたまま足を止めた。



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