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「そもそも、今年の星祭りは、星結いの儀があるんだろ?なんでこんな事になってんだよ、早く帰んないと、準備とか色々あるんだろ?」
星祭りとは平和への祈りの祭りで、星結いの儀とは、王族の結婚を国民に発表するものだ。結婚式はまた別だが、それでも国民にとっては大事な日だ、なので、アザミの婚約者がようやく決まったのだと、国内は連日その話題で持ちきりだ。噂では、隣国の王女ではないかと囁かれている。なので、アザミが他の者に求婚しているのは、おかしな状況なのだ。
それに対し、アザミは困ったように肩を竦めた。
「勝手に進められた話だ、婚約について私達には何の権限もない。だから、私はこうして君に会いに来たんだ」
そういうものなのだろうか。婚約者が決まれば、この後はますます忙しくなる、その前に、適当に遊んでおこうとか、自由を謳歌しようとか、そんな思惑なのではないか。
噂に聞くアメジストの瞳を見に来ようとか、どうせそんなところだろう。伴侶だなんだ言っているけど、きっと面白がっているだけだ。
レイは、アザミの言葉をにわかには信じる事が出来ず、適当に相槌を打った。
「ふーん、でも、俺なんかじゃなくて、せめて隣国の王女と結婚でもしてくれないと、俺はこの国の行く末が心配だ」
「君は、」
「え、」
不意にぎゅっと手を掴まれて、レイは驚いてアザミに目を向けた。
「…私の心は関係ないと、君がそれを言うのか」
ぎゅっと掴む手がまるで縋るようで、まっすぐと問いかける瞳が、初めて揺れて見えて、レイは何故かそれが居心地悪く、避けるように視線を逸らした。
「さ、さっきも言ったけど、俺に十五年前の記憶はない。七歳でこの村に来て、ダンとリオに助けて貰って生きてきた。知らない王子との約束を守るより、二人に恩返しする方が、俺には重要だ」
「レイ、」
「じゃあ、仕事あるから」
これ以上、アザミの目を見ていたくなかった。自分でも知らない何かが胸の内にもやもやと広がって落ち着かない、今の自分が変わってしまいそうな気がして、その正体を掴む事が怖かった。
レイは引き止めようとするアザミの手を振り払い、その顔を振り返り見る事もなく、足早に酒場から出て行った。
残されたアザミは、レイが出て行った扉を暫し見つめ、そっと溜め息を吐いた。これ以上、話す事はない、アザミがそう言った気がして、追いかける事は出来なかった。
「…手紙にあった通りだな」
十五年という会えない中でも、アザミはダン達から手紙で報告を受けていた。レイに記憶がない事は手紙を通して聞いてはいたが、いざ目の当たりにすると堪えるものだ。
だが、本当に辛かったのは、記憶を失ってしまったレイだろう。レイが自分を受け入れられないのも仕方ない、レイに記憶がないだけでなく、今まで自分は、レイに会いに来る事すらしなかったのだから。
「ちょっとレイ、」
アザミが自身に対して溜め息を吐いていると、店の外からリオの声が聞こえてきた。「まったくもう…」と、溜め息を吐きながらやって来たリオに、アザミはそっと眉を下げ、組んでいた足をほどいた。
「苦労をかけたな」
その声に、リオはアザミが店に居る事に気づき、はっとした様子で身を正したが、アザミは表情を緩めそれを制した。
「ここでは畏まらなくていい、昔のように頼む」
その柔らかな雰囲気に、リオも少し肩の力を抜いて、それから何か察したのか、申し訳なさそうに表情を緩めた。
「申し訳ありません、レイには話をしたんですが…」
「なぜ謝る。二人には感謝しているんだ、苦労も多かっただろう。それなのに、変わらないレイの姿にほっとしたよ」
そう微笑むアザミだが、その瞳は力なく揺れていた。