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「アンタ、いい加減、城に帰ったら?」
翌朝、直ったばかりの酒場にて、鎧を脱ぎ捨てたアザミは、優雅に足を組んで座り、食後の紅茶を楽しんでいた。恐らく、王族が普段飲んでいるものの足元にも及ばない安い茶葉だが、アザミが口にしているだけで高級な紅茶に思えるのが不思議だった。それに、その服だってそうだ。アザミは、着替えを持っていなかったようで、ダンの服を借りて着ているのだが、高価でも何でもないダンの服も、アザミが着ると特別なもののように見えてしまう。更に視線を下げれば、長い足が嫌でも目に入り、レイは面白くなさそうに顔を歪めた。
アザミは背が高く、華奢に見えてもその体つきは逞しく、端正な顔立ちに、王子らしく品もある。男性らしい凛とした美しさを纏った人物だ。それに反し、レイはといえば、いくら食べて飲んで寝て動いても、筋肉がつきにくく、女性の服を身につけていれば、まず男だと気づかれる事はなかった。
変装をする分には好都合だが、男としてはどうなのだろう、そもそも王子様と比較しても仕方ないのだが、つい劣等感を抱いてしまう。
変装と言えば、先日、アザミが兵士の格好をしていたのも、その身を隠す為だったという。タタスの村は国境の近くにあるので、国境の見張りをしている警備兵は、この村を通って持ち場に向かう。なので、アザミは兵士の交代時間に合わせ、城を出る兵士達の荷車に忍び込んだという。変わった王子だ。
だが、それを聞いたレイは、噂通りだなと思った。彼はよく護衛も付けずに城を抜け出し、自由気ままに町や村に現れては民に混ざり、畑仕事でも力仕事でも、出会った人々の仕事を手伝い、子供に混じってはよく遊んでいるという。その姿に好感を抱く国民も多いというが、レイはその反対派、王子として国を任せられるのかと、信用出来ないでいる。
アザミはカップをソーサーに戻すと、仏頂面なレイを見て、にっこりと微笑んだ。
「だから言っただろう、君が私と共に来てくれるなら、すぐにでも帰るよ」
「またそれか。そもそも俺は男だぞ」
「勿論、分かっている」
レイは不可解に眉を顰めた。どうやらレイの事は男だと理解しているようだが、伴侶の言葉の意味は理解しているのか疑いたくなるほど、アザミの返答はあっさりしている。
「あんた、次期国王だろ。国民にどう説明するんだ?問題だらけだぞ?跡継ぎとかさ、その前に男をどう伴侶に迎えるんだよ」
レイは男なので世継は埋めないし、この国は同性婚の制度はない。
だが、レイがアザミとは結婚出来ない理由を挙げていっても、アザミはにこにこと楽しそうにレイを見つめるばかり。レイは苛立ちに溜め息を吐いた。
「なぁ、俺の話聞いてる?」
「勿論だ。前向きに考えてくれてるみたいで嬉しいよ」
「は!?んな訳ねぇだろ!なんでそうなるんだよ!」
否定的な事を言っているのに、どうしてそうなるのか。
「そうか、では早く君を口説き落とさなければね」
レイがいくら憤慨しようとも、アザミの様子は変わらない。余裕があるからなのか、いちいち反応するレイを見て楽しんでいるからなのかは分からないが、レイの言い分なんて全く問題ないと言わんばかりのアザミを見ていたら、なんだか抵抗する気力も失せてくる。
レイは苛立ちを通り越し、力なく溜め息を吐いた。