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だが、隠しもせず向けられた警戒に、兵士は臆する事はなく、「そうだな」と、緩やかに言葉を紡いでいく。
「何用か…先ずは二人に労いを」
落ち着きのある静かな低音が、凛として店に響き渡る。その声を聞いてなのか、それともその言葉の意味を理解してなのか、ダンとリオははっとした様子で顔を見合わせた。だが、そんな二人の様子に気づいていないレイは、怪訝に顔を顰め、二人の背後から顔を覗かせた。
「おい、アンタ何者だ!まさかイカれた王子まで秘宝が欲しくなったってか?」
「や、やめなさい、レイ、」
後ろから勇ましく身を乗り出すレイを、リオが焦った様子で嗜めるが、兵士はいいんだと笑い、その兜を外した。
「君の言ってる事は、大体当たってる」
「は?マジかよ…」
レイは頬を引きつらせたが、兵士の顔を見て、ふと首を傾げた。
兵士は、とても整った顔立ちの男だった。灰色の短髪が爽やかで、目元は優しい印象がある。背はレイよりも高く、ダンよりは低いくらいで、鎧の上からでも、鍛え抜かれた体が想像出来た。
しかしこの顔、どこかで見た事がある。これだけの男前だ、出会っていたら早々忘れなさそうなものだが、いや、それよりも、そもそも彼は本当に兵士だろうか。彼からは気品のようなものが感じられる、兵士というよりも、どこぞの貴族や王子様といった方が、レイにはしっくりくるように思えた。
兵士の言葉よりも、この男の正体を見極めんとばかりに悩むレイに対し、ダンとリオは何やら困り焦っている。その態度にも、レイは不思議そうな顔を向けていたが、やがて、兵士が構わないというような仕草を見せたので、ダンとリオはすぐさまそれに従い、その場で膝をつき頭を垂れた。
「え?」
それには、レイもさすがにぎょっとした様子で目を瞬いた。ダンとリオの姿は、どこからどう見ても相手に対して敬意を示す行為で、ダンとリオの本来の職務を知っているレイは、更に困惑を浮かべ、兵士を見上げた。
一体、この兵士は何者なんだと、レイがそれでも戸惑いに立ち尽くしていると、兵士は穏やかな微笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「え、な、何だよ…」
いつもとは違う状況に困惑し、レイはダンとリオに助けを求めて視線を向けるが、二人はレイの視線に応える事はない。
「ちょ、」
そうして戸惑っていれば、兵士はあっという間にレイの目の前にやって来た。盗賊には怯みもしなかったレイだが、目の前の男の妙な威圧感に、逃げ場を塞がれたような心地がして、動けなくなってしまう。そんな中、レイを目前に立ち止まった兵士の腕が動いたのを見て、レイは思わず肩を竦めて顔を俯けた。咄嗟に殴られると思ったのか、自分でもそれはよく分からなかった、身動きの取れない状況で軽くパニックになっていたのかもしれない。
「怖がらないで、顔を見せて」
その柔らかな声が、どうしてか自分より下から聞こえ、レイが不思議に思い目を開ければ、兵士は何故かレイの前で跪いており、レイは驚いて目を見開いた。
「よく生きていてくれた、レイ。君を迎えに来た」
灰色の短髪が、窓から差し込む太陽の光に煌き、青い瞳が優しく微笑んで、レイを見上げている。いくら兵士の姿をしていても、彼の生まれ持った気品は隠しきれないようだ。そして、先程の妙な威圧感の正体に、レイはようやく気がついた。
「十五年前の返事を聞きたい。私の伴侶となってくれるかい?」
「……は?」
彼を見た事ある筈だと納得したのも束の間、レイはきょとんとして彼を見つめた。
どうして、彼のような人が自分にプロポーズしているのか、レイには全くもって理解出来なかった。
彼は、自分を女だと思っているのだろうか、それにしたって、ただの平民の自分とは釣り合わないだろう。
だって彼は、兵士なんかではない。
彼は、この国の第一王子、アザミなのだから。