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転げるように逃げ出す盗賊達を見送るレイの手には、金貨がずっしりと詰まった袋がある。
「まだ、例の噂は根強いようだな」
ダンが倒れたテーブルを起こしながら言うと、レイはくるりとダンを振り返り、得意気に胸を張った。
「あぁ、だからこうして教えてやってるんだろ?噂の真相をさ。そんな噂はデタラメで、しかも噂の村には、おっかない酒場があるってさ」
「何が真相よ…それこそデタラメじゃない。毎回店を壊されたらたまったもんじゃないわよ」
リオは、鼻高々なレイの額を軽く小突くと、その手から金貨の袋を取り上げた。
「なんだよ、ちゃんと謝礼貰ってんだから、また直せば良いじゃん!」
謝礼とは、見逃す代わりに盗賊から奪った金貨の事だ。レイの言い分に、リオは大きく溜め息を吐いた。
「そういう問題じゃないし、それにこれじゃあ、やってること盗賊と変わらないじゃない」
盗賊と同じと言われれば、そのような気もしてくる。レイは咄嗟に言い返せず、不満に唇を尖らせたが、それでも負けじとリオを見やった。
「…じゃあ、それ返しに行く?」
「…これは使わせて貰うけど」
「ほら!だったら良いじゃん!」
「良くない!確かに、ことごとく返り討ちにしてれば警戒にはなるかもしれないけど、下手したら大勢の仲間引き連れて報復されるかもしれないでしょ!それに、もし相手が権威のある人間で、本当の事を知っていたとしたら?力だけじゃ敵わない。あなたの瞳には、それだけの価値があるのよ、レイ!」
リオに指摘され、レイは今度こそ何も言い返せず、唇を尖らせるばかりだった。
この村に伝わる噂、“アメジストの瞳”を持つ老婆とは、レイの事だった。
しかし、レイの姿を見て分かる通り、その噂は随分変化して伝わってしまったようだ。
見ての通り、レイは老婆でも女でもなく、少々ややこしいが、女装をしている青年で、“アメジストの瞳”というのも、秘宝でも何でもなかった。
アメジストの宝石のような、不思議な色をした瞳。
眼帯の下に隠されたレイの左目が、いつの間にかとんでもない秘宝とされ、世の中に伝わってしまったようだ。
今では、間違った認識で宝を求めにやって来る輩ばかりだが、この噂が流れる前は、“アメジストのような瞳を持った少年”として、レイは過去に人浚いにあっていた。
レイがこの村にやって来たのは、そういった輩から身を隠す為だった。女装をしているのも、少年を探す輩の目を欺く為であったが、いつの間にか噂は男女が反転し、どういう訳か勝手に年齢を重ねられ、瞳は秘宝へと姿を変えてしまっていた。
それならば、もう女性の振りをしなくても良さそうなものだが、それでもまだ、“アメジストのような瞳を持つ男”を探している者がいるかもしれない、その可能性が拭えない以上、レイが男性の姿に戻って生活する事は出来なかった。
アメジストの瞳を持つ者が男だと知っている人物こそ、レイにとっては一番の危険だったからだ。
ただ瞳の色が変わっているだけなのに、レイは誰かの悪意の道具になりかねない。レイが護身術に長けているのも、もしもの場合、自分でもその身を守れるようにと、ダンとリオが教え込んだからだった。