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「一体、何考えてるんだよ!王子ってバレたらどうするんだ!」
だが、さすがにレイも黙ってはいられない。酒場までの帰り道、周りに人がいないのを確認してから、レイはアザミに詰め寄った。
村の人々だって、まさかこんな辺鄙な村に王子が滞在しているとは端から思っていない、だから、大切な人だとアザミが公言しても騒ぎにはならない、アザミが王子だと思っていないからだ。だが、いつどこでアザミの素性がバレるか分からない、こんな話が大きく広がってしまったら、大変な事になるのは目に見えている。
「構わないよ、事実だ。言っただろ、私は君を伴侶として城に連れて行くと。その為には、この村の人々にも、私の事を認めてもらわないといけないからね」
「は?なんだよ、それ」
「君の大事なものを、私も大事にしたいんだ。何より、君を託しても良いと認めて貰えないと、君をこの村から連れ出せないからね」
「だから、なんだよそれ!つーか、俺はついて行くって言ってないからな!」
「あぁ、構わないよ。私は気が長いんだ」
でも、と、アザミは足を止めて振り返る。
「私は、君を諦めるつもりはないよ」
優しく慈愛に満ちた眼差しが、穏やかにレイを見つめている。レイはどうしたってこの瞳に弱い、たじろぐレイを見れば、アザミはやはり機嫌よく笑い、それからゆっくりと歩みを進めた。レイは何も言い返す事も出来ず、その後をついていく。見上げる背中は逞しく、しかし、そのシャツから透けて見える包帯を目にすれば、高鳴る胸もレイを苦しめるものに変わってしまう。
アザミは、本当に自分をこの村から連れ出すつもりなのだろうか。こんな瞳を抱えた自分は、コレクション目的でなければ、ただのお荷物だ。これからも、もしこんな風にアザミが傷を負うなら、その荷物は早く手放すべきだろうし、アザミだってきっと、そう思う日が来る。
「この村の夕日はきれいだね」
「…夕日なんて、どこで見ても同じだろ」
「そうだろうか」
柔らかな物言いに、レイはその顔を見ずともアザミがどんな顔をしているのか想像出来てしまい、何を自惚れているんだと、そんな自分が恥ずかしくて、「そうだよ」と、ぶっきらぼうに吐き捨てた。そんなレイに、アザミが笑う気配がしたが、それすら嫌な気にはなれなくて、アザミの穏やかな空気に囲われているこの空間が、レイの中で徐々に特別なものになっていると自覚してしまう。
レイは、こっそりとアザミを見上げ、それからその手に視線を落とした。この手に手を重ねる事はないのに、ないと思いつつ、その未来を想像してしまい、レイは慌てて目を逸らした。
その先に、足元に伸びた影が寄り添い歩くのを見て、レイはその思いを振り切るように、「さっさと帰るぞ!」と、アザミを追い抜き走り出した。
だが、そんな日々はそうそうに終わりを告げた。アザミは、どんな評価がついて回ろうと王子なのだ、村に長期滞在が出来る筈もない。
アザミが身なりを整えているこの日、レイ達の酒場には城から迎えがやって来ていた。それは、装飾が見事に飾りつけられた豪華な馬車で、山と田畑ばかりに囲まれたこの村には不釣り合いで、嫌でも目立ってしまう。恐らく、敢えてこの馬車を選んでやって来たのだろう、王子を迎えに来たと村の人々に知らしめれば、アザミも下手に抵抗出来ないだろうと。
こうなったのも、ダンとリオが城へ報告を入れたからだった。
いくら王子の立場を利用して兵士達に口止めが出来たとしても、ダンとリオには、時にそれが通用しない。元々、二人はアザミの護衛だった。幼いアザミにとって、一番信用出来る二人だったから、アザミは安心してレイを任せられたのだ。
ダンとリオにとっても、主人はアザミだけ。それは、どんなに遠く離れて過ごす事になっても変わりはなく、主が危険な目に遭えば黙っていられないだろうし、それと同時に、アザミに怪我を負わせてしまった事への責任も、二人は感じているようだった。