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***



その後、盗賊達は無事憲兵に引き渡された。聞けばこの盗賊達には、周辺の村も被害を受けていたらしい。

アザミは医師の治療を受け、今は眠りについている。



酒場の二階は、レイ達の居住スペースだ。医師から傷の処置を受けたアザミは、その客間のベッドで休んでいる。六畳の狭い部屋だ、アザミの寝室とは比べものにならない程の狭さだろうが、どの部屋も同じ大きさなので仕方ない。

きっと、大分無理をしていたのだろう、アザミはぐっすりと眠っている。


村の少年から話を聞いた医師は、すぐに丘まで来てくれて、さすがに相手が王子とは思っていなかったのだろう、ぎょっとするほど驚いていたが、その手元が狂う事はなかった。医師は、その場でレイのした応急処置の具合を見てから、村の診療所に来るよう促していたが、アザミは憲兵が来るまではここを離れられないと譲らないので、その場で出来る処置を施し、診療所には後から改めて向かう事となった。

わざわざ残ったのだ、王子として憲兵達に何か指示を出したり、示す事があるのだろうかとレイは思っていたが、アザミは盗賊達が彼らに引き渡されるのを確認すると、ダンの肩を借りて、こっそりとホランの丘をおりてしまった。



レイは、眠るアザミの額に、そっと冷えたタオルをあてた。その額には汗が滲み、眠ってはいるが、その表情は苦しそうだ。ここまで痛みを我慢して丘に留まったのだ、アザミが盗賊を捕らえたと言えば王子としての株は上がるだろうに、アザミはそれをしなかった。元々、神出鬼没の王子だ、辺境の村に居てもおかしくないが、それでも王子の名を伏せたのは、自分を守る為だったりするのだろうか。


「…自惚れにも程があるな」


レイは自嘲して、アザミの包帯で巻かれた肩口に目を向けた。


何が俺の為だ、俺のせいでこんな怪我をさせてしまったのに。


レイは自分を責め、アザミの傷を見ていられず、そっと瞼を伏せた。その俯いた先、視界に映ったのはアザミの手で、レイはその手をぼんやりと見つめた。あんなに優雅にカップを持っていたその手なのに、意外と傷が多い事に気がついた。王子とは、優雅で贅沢な暮らしが出来るのではないのか、国内のあちこちを飛び回って人に構ってばかりいるから、こんな、力仕事が似合うような手になってしまったのだろうか。


「…俺、何も知らないんだな、アンタのこと」


ただの頼りないイカれた王子、そう思っていた筈なのに、今ではその印象が大分変わってしまった。出会って、たった一日しか経っていないのに、アザミのまっすぐな瞳に、守る力強いその腕に、心を許しかけている自分がいる。


でも、それだけじゃない。

レイは、きゅっと痛む胸に手をあてた。


ホランの丘で、一瞬、脳裏に過った知らない記憶。あの小さな手を、どうしてもアザミものと重ねてしまう。

昔の話を聞いたから、生きた心地がしない非常事態だったから。それは、脳がたまたま見せたまやかしかもしれないし、もしその記憶が正しいものだとしても、その子供がアザミとは限らない。記憶を失ってしまったレイには、その記憶が正しいと判断出来る根拠は何もない。


それでも、今のアザミと蘇った記憶を繋げてしまう。

それは、アザミであって欲しいと望んでいるようで、レイはそんな自分の気持ちに困惑し、認める事の出来ない記憶に、感情に、心をもて余すばかりだった。




***




「城に戻るのか?」

「あぁ、怪我したのがまずかった。強制的に城へ連行だ」


あれから数日が経ち、アザミは狭いベッドの前で身なりを整えている。傷による熱もすっかり引いたようで、痛みも大した事ないと言っているが、それが、心配をかけまいとして言った嘘だというのは、さすがのレイでも分かってしまった。


ここ数日、アザミの看病はレイの仕事だった。看病と言っても、アザミが大人しく寝ていたのは、怪我を負った当日だけで、気づけば酒場から飛び出し、一人で村の中を歩き回っているのだから、レイ達は気が気ではなかった。


そんな自由気ままなアザミを呼び戻しに行くのが、レイの係だった。なので、村の中を二人連れ立って歩く事も多く、「あら、レイちゃんのいい人?」なんて、村の人々に声をかけられる事もあり、レイはその度に「そんな訳ないだろ!ただの客!」と、真っ赤になって反論するのだが、アザミはにこりと微笑みを浮かべ、決まってレイの肩を抱き寄せた。


「私にとっては大切な人だよ。恥ずかしがり屋で困っているんだ、こんなところも可愛いけどね」


そんな事を惜し気もなく言うものだから、たった数日の間で、酒場に居着いた謎の青年は、レイのいい人として村の人々に認知されてしまっていた。

レイはと言えば、赤くなればいいのか青くなればいいのか分からない、といった具合で、何度繰り返しても、このやり取りの最後には真っ赤になって固まってしまい、その姿に、アザミは機嫌をよくする一方だった。



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