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【7】広がる交友関係 


街に出る時にアーサーは馬車で送ってくれるだけになった。

帰りの時間をだいたい決めておいて、そこに迎えにきてくれる。

以前のようにずっと付きまとわれることはなくなってずいぶん気が楽になった。

別に悪いことをしているわけではないので一緒に居てくれてもいいのだが、それはそれでアーサーも退屈なのだろう。

アーサーはアーサーで、街でいろいろな用事を済ませているようだった。


先日は思いがけないことがあった。

夕食後に、ピートが珍しくバタークリームを塗ったケーキを作ってくれた。

三人から、お誕生日おめでとうございますと、そう言われたのだ。

母が亡くなってから、誰かにおめでとうと言われたのは初めてのことで嬉しくも驚いた。

私たちはケーキを戴く前に手を合わせた。

クライブ様のご両親である前国王陛下と側室様が亡くなった日なのだ。

世間では酷い側室様だったと言われていたけれど、お子であるクライブ様にとってこの日は心を痛めた日であるはずだった。


私はこの日が誕生日であることに、呪いを受けたように思ってしまったこともあった。

おめでとうなどと間違っても口にできない日になったのだから。

でも、ピートがケーキを焼いてくれ、アーサーやヘレナからおめでとうございますと言われたおかげで、おめでとうと言われることと、前国王陛下と側室様の魂に祈りを捧げることを同じテーブルに載せても許されるのだと思えた。

そう言ったら、ヘレナは贈り物を用意できなくてごめんなさいと涙ぐんだ。

こんな温かい誕生日のことを私は忘れない。

青色のインクで書く日記には、どれだけバタークリームのケーキが美味しかったか、半ページもそのことで埋めてしまった。



***



パン屋のおかみさんやその仲間のご婦人たちに、編み物を教わっている。

最初は、オールブライトに伝わる刺繍を教えてほしいと相談したところ、寒冷地のオールブライトでは刺繍より編み物のほうが重宝すると言われたのだ。

帽子やマフラーやセーターやひざ掛け、編む物はたくさんあると言われ、辺境オールブライトの長い夜に暇が潰せていいかもしれないと始めたのだ。


夕食後にはあまりやることもないので、私室でずっと編んでいる。

自分の帽子を始め、アーサーとピートとヘレナのミニマフラーも編んだ。

仕事中に首に巻けるように短いものにした。

三人とはだんだん他愛もない話をするようになっており、私が編んだマフラーをとても喜んでくれた。


ここはとにかく寒いのだ。

ピートがいる厨房は床が土なので特に冷える。

ピートには特別に腹巻を編んだらとても喜んで、その夜は小さなポットにシチューを入れてパイ生地で蓋のようにして焼く『ポットシチューパイ』を作ってくれた。

みんなこれが大好きで私も今では一番の好物だ。サクサクのパイ生地の『蓋』を、シチューに落としながら食べる。

ピートの料理の話やアーサーが子供の頃の話、ヘレナは恋人の話を私と二人の時に話してくれる。

ただ、誰もクライブ様や別邸の人たちの話はしない。

それは暗黙の了解のようになっていた。


みんな仕事があってそんなに暇ではないようだけど、役場の中にある寄合所に居ると時間ができた誰かがやってきておしゃべりをしながら編み物をした。


最初の頃はしゃべっている余裕はなかった。

集中して編み目を見ていないと目が飛んだり落としたりしてしまい、そのたびにほどいてやり直すので全然進まない。

それがひと月もやっていると、手が慣れてきてお茶を飲んでおしゃべりしながら、どんどん進むようになってきた。



***



今日も役場の人と仕事の話を済ませた後、役場の中の寄合所で編み物をしている。


「よいしょっと……」


モッカ婆さんがやってきて、寄合所のテーブルに大きな袋を置いた。


モッカ婆さんというのは街はずれの小さな家で、一人で暮らしているお婆さんだ。

若い頃は王宮に仕える『神の乙女』だったという。

教会で奉仕活動をして暮らしている未婚の女性の中から、王宮の神殿で祈りを捧げる乙女が四年ごとに一名選ばれその間は王宮で過ごす、それを『神の乙女』と呼び、大切にされていたという。

今はその制度は無くなったと聞いている。

そんなモッカ婆さんと、私も何度か一緒にお茶を飲んだ。

穏やかな語り口の中に凛としたものを持っている、そんなお婆さんだ。


「まあ、どうしたのですか」


「これはね、あたしが染めた毛糸なんだ。畑の一画に植えたルピナスの花でね。

この頃はもう、編み目がよく見えなくなった。これよりずっと太い針でもね、編めなくなってしまった。

だからあんたに貰って欲しい。糸はバージルのところの羊の毛だよ。

蒸した単糸を撚るところからはあたしがやった、特別な糸だから」


バージルさん、どなたかしら。

まだ山までは視察に出かけていなかった。羊がいるとなると、麓の辺りだろうか。

暖かくなったら出かけてみよう。


「モッカ婆さんが撚って染めた糸なのですね」


袋から糸玉を出して手に取った。

青と緑の段染めのとても美しい糸だ。二本の細い糸が撚られている。

これでショールを編んだら、私の普通の白いシャツも素敵に見えそうだわ。


「とても軽くて暖かくて素敵な色の糸ですわ! 本当に戴いていいのですか?」


「ああ、糸も形になったら喜ぶだろうからね」


「モッカ婆さんの糸なら魔法が掛かっているから、特別な物が編めるよ。空も飛べるかもしれない」


「本気にされるから、やめておくれよ」


「この糸で編んだショールを羽織れば、モッカ婆さんの魔法で空が飛べるのですね! 頑張って編みます!」


モッカ婆さんもパン屋のおかみさんたちも、そして私も笑った。


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