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【完結】領主の妻になりました  作者: 青波鳩子 @「婚約を解消するとしても~」電子書籍発売中!


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18/29

【18】仕掛ける *ブリジット視点 → *クライブ視点

 

「ブリジット、話がある」


夕食を終えた後、早く自室に戻りたかったのに侍女がもたもたしていたせいでクライブが話し始めてしまった。


「まあ何ですの?」


「新しいアルデルス国王陛下の戴冠式と結婚式が同日開催されることは君も知っていると思うが、その後に夜会が行われるそうで、私にもオールブライト辺境伯として招待状が届いた。

この夜会にブリジットを伴って行きたいのだが、その……君は車椅子だろう? 周囲から視線を集めてしまいそうだし、その身体で遠出をするのは辛いのではないかとも思い無理強いはしたくないのだ。君の希望を聞きたい」


アルデルスでの王都で大きな夜会……。

それにクライブが私を伴って出席したいということは、いよいよオールブライト辺境伯夫人は私だと知らしめるつもりになったのかしら。

ただ、ここは慎重に答えなければ。


「車椅子で夜会に出れば悪い意味で視線を集めてしまうかもしれませんが、そうしたものから逃げ続けるわけにもいかないと思っていますわ。わたくしはクライブ様の望むとおりにしたいと思います」


「君はなんて強いのだろう。王都まで少しでも君の身体に負担がかからないように工夫を重ねよう」


どこまでも単純な元王子様ね。やはりあのバカの弟なのよ。


「クライブ様、その夜会で着るドレスのことなのですけど……」


「ああ、アルデルス中の貴族が集まるのだ、新しく素晴らしいドレスを用意しよう」


「まあ、嬉しいわ。でも……先日の誕生会で素敵なドレスをいただいたばかりですわ。あの時は家族しかおりませんでしたので、あのドレスは王都の皆様の前では新しいドレスになります。あのドレスで参加したく思いますわ」


ここで焦ってはいけないのよ。

新しいドレスをここぞとばかりに作らせるのは、長い目で見れば得策ではないわ。

慎ましくしておいて、夜会の翌日に王都で豪華なドレスを作らせればいいのよ。

こんな辺鄙なオールブライト領での『素敵なドレス』はあのドレスがせいぜいじゃないの。

夜会ではあれで行って「慎ましく健気なブリジット」を演じ、王都のドレスショップで最高級のドレスを作らせる。

きっと夜会への参加はまたすぐにあるものね。


「たしかにあのドレスはとても君に似合って美しかった」


「ええ、お気に入りのドレスで参加できること、楽しみですわ」


王都でたっぷり散財するのが楽しみですわ。


それにしても久しぶりの王都。

あそこには悪魔がいるけれど、悪魔が探しているものは私の部屋に厳重に隠してある。

悪魔は馬鹿な第二王子の恋人だった女の周辺や取り巻きたちのところを探していることでしょうね。

私を怪しむことがあったとしても、一度調べたのだから何の根拠もなしに今になって伯爵家の中を調べることなどできないわ。

いくら悪魔だって証拠も無しに私を捕らえることなどできるわけもない。

王都に行ったら実家に戻り今度こそ処分してしまおう。

元第三王子に見張られて寒冷地で幽閉されている可哀相な第二王子の元婚約者が、そこで愛が生まれ辺境の領地を健気に守る辺境伯夫人となったのだと、悪魔にも他の貴族たちにも認めさせてやるわ。


クライブは、ついにあの貧乏くさいお飾りの妻と離縁することに決めたのね。

街で会った時、誰かが『領主の奥さん』と呼んでいたから気づいたけれど、それがなければ判るはずもないほどに、粗末な恰好をしていたわ。

クライブも案外酷いことをすると思ったほどだった。

ただ、上から物を言われて腹が立った。

あのお飾り妻は、バーネット侯爵家の娘なのだ。

ホールデン伯爵家が逆立ちしても敵わない名門侯爵家だ、失礼があってはならないと父に言われていた。

名門侯爵家? そんな風情はどこにも無かったわ。

自分で編んだというピエロみたいな帽子をかぶる姿は、クライブから放置されているまさにピエロそのものだったのよ。

きっとあんなみっともない女をいつまでも名前だけでも妻にしておくことに、ついにクライブも嫌気がさしたのね。

夜会に私を連れて行くということは、そういうことなのよ。


悪魔が王としての地位を確固たるものにすれば、その弟であるクライブも辺境地から王宮に戻されるかもしれない。

しばらくは悪魔の下でおとなしくしていて、そのうちクライブをけしかけて悪魔を冥府に送り込んでやればいいのよ。

悪魔も父親を殺してその椅子に座ったのだから、同じようにされても文句は言えないわ。

そうしたら私は王妃よ!!

いつまでもこんな寒い田舎で燻っている私ではないわ。

そのためには、貞淑な女を演じなければ。



***



アーサーが手配した馬車で、王都にあるホールデン伯爵家のタウンハウスに向かっている。

こうして王都に来るときは、いつも別邸の執事を伴ってやって来ていたが、今回はアーサーが隣におりそのことに安堵感があった。

ブリジットの秘密を知ってから、息をするように嘘をついているその顔を見るだけで吐き気を催すようになってしまっていた。

そうアーサーに打ち明けると、そうした私の弱さを長兄は見抜いていて、ブリジットの監視役として引き取れと言ったのではないかと言った。

ブリジットのことを何も知らずにいられた私の能天気さを、長兄は見逃しも赦しもしていないという意味か。

どうして長兄はあの側室の実子である自分を処分しなかったのか、その答えを見つけた気がした。


父上と側室である実母を弑し王の座に就き、次兄を投獄している長兄に掛けられている温情は、これから火を付けられる釜茹での釜の中と変わりがない。

まだ釜の蓋を自分で開けられるうちにそこを這い出て、やるべきことをやらなければ。

まずはブリジットが王都のホールデン伯爵邸の私室に隠していると思われる『証拠』を見つける必要があった。



先触れもなく訪れたホールデン伯爵家の家令が、私が誰だか判るとすぐに伯爵を呼びに行った。


「これはクライブ殿下、先日は素晴らしい時間をオールブライトで過ごさせてもらいましたが、本日はどうなさったのでしょうか」


「まずはこれを納めてもらいたい、オールブライトの特産品だ」


アーサーが持っていた木箱と袋から出した化粧水の瓶を並べた。木箱の中身はオールブライト産のカリンの実だ。あまり嬉しくはないだろうが。アーサーは化粧水を入れていた布のバッグをさりげなく持っている。

ホールデン伯爵は相変わらず私のことを殿下と呼んでいる。正しくはないが、都合がいいので何も言わずにおいた。


「これはありがとうございます! こちらでまずはお茶でも」


ホールデン伯爵自ら先頭に立ち、応接室へと案内された。

出された茶をひと口だけ飲み、伯爵が何か話し始めるのを制して言った。


「来月、新王の夜会があるのは知ってのことと思うが、それにブリジットを伴って参加することにしたのだ。もちろんブリジットは車椅子だが、彼女に内密に王都で一番の靴屋で高価な靴を作らせようと思うのだ。車椅子だからと言って裸足でいるわけにもいかない。ブリジットの美しい足に、それに見合う宝飾品のような靴を作ってやりたのだ」


「ブリジットに宝飾品のような靴を……なんと、ありがたい……。歩けなくなったあの子の足に夢のような靴を……」


「当日、ブリジットを驚かせたくて今日はここへ来たんだ」


「……とおっしゃいますと?」


「ブリジットの部屋には、以前の靴があるだろう? それを借りて靴屋に預け、靴の型を取ろうと思うのだ。そうすればブリジットに内密に靴を作ることができる」


「なるほど、そういう訳ですか! さっそくブリジットの部屋に案内いたしましょう」


ホールデン伯爵は、とっくにブリジットが歩けるようになっていて、私の目を盗んでピンヒールを履き、恋人の執事と夜の街に繰り出していることなど知る由もない。

娘が歩けなくなったことを案じている伯爵が少々気の毒にもなる。

だが、両親にも嘘をつき騙しているのはブリジットで、そのブリジットを焚きつけて次兄マーヴィンから金を流させるように仕向けたのは、目の前にいる一見柔和な笑顔を浮かべている、この伯爵なのだ。


「こちらがブリジットの部屋でございます。……私はどうすればよろしいでしょうか」


「もちろん一緒に部屋の中にいてもらいたい。さすがに当主のいないところで部屋の中を漁るような真似はしたくない。この者は私の執事の一人だが、女性物の宝飾品に造詣が深いので、この者に任せることにしている」


急に『女性物の宝飾品に造詣が深い』人物にアーサーを祭り上げる。


「いやあ、お気遣い痛み入りますな。私も娘の部屋などずいぶん久しく入っていませんから勝手は分かりませんがね」


ホールデン伯爵はブリジットの部屋から追い出されることがなかったことに、安心したような顔を見せた。


ブリジットの部屋に入り、アーサーにクローゼットルームの『探索』を任せて、私はホールデン伯爵と部屋のソファで話をする。先にクローゼットルームが見えるほうのソファに座ると、伯爵はクローゼットルームに背を向ける形で座った。

私は夜会のことやちょっとした王族の話など、途切れさせることなく伯爵に話しながら、アーサーが靴を持って出てくるのを待った。

そして『探索』を始めて僅かな時間でアーサーは一足の靴を持ってやってきた。


「伯爵様、こちらの美しい靴をお借りすることにしてもよろしいでしょうか?」


「ああ、構わない。型を取った後は、ブリジットに渡してくれればいい。その靴もブリジットの足を彩ってくれるだろうからな」


ホールデン伯爵はアーサーにそう言うと大仰に笑った。


「ありがとうございます、どれも美しい靴ばかりで少々目移りしてしまいましたが、履き込みが深い靴のほうが都合がよいだろうと、こちらにいたしました」


アーサーは私に目配せをする。どうやら()()()()()()()()()()()()()は、無事に証拠を見つけたようだ。あんな短時間で行き当たるとは、少し恐ろしいような思いがした。

長兄の指示で我々が捜索した時は、大人数でもっと時間を掛けたが見つけられなかったのだ。


「では、ホールデン伯爵、この靴をお借りしてブリジットの足元を輝かせる素晴らしい靴を作らせますよ。どうぞ夜会当日を楽しみにしていらしてください」


「ああ、楽しみにしています。ブリジットは幸せ者だ」


その夜会でブリジットもホールデン伯爵も終わる。

父娘して次兄や私、王となった長兄のことさえ(たばか)った罪を償ってもらうだけだ。




馬車は王都の道を、軽快なリズムで走り出す。


「それにしても、よく短時間で証拠を探し出したものだな」


「女性が大事な物を隠す場所というのは、それほどバリエーションは無いと聞きますよ」


「で、どこにあったのだ?」


「下着が並んでいる引き出しを外して取り出した奥の隙間に、ドロワーズに包むようにして入っていました」


「……女性の下着を漁ったのか……」


「人聞きの悪い言い方をしないでください。これは旦那様のご命令なのですから」


「そうだな、よくやってくれた」


よくやったと言ったのに、アーサーは不機嫌な顔を見せた。

これもアーサーのポーズなのだ。


ブリジットが自分の下着の引き出しの奥に隠していた物はとんでもない物だった。

書類の束と一緒にあった小袋、この小袋の中にブリジットとホールデン伯爵家を終わらせるものが入っていた。



ブリジットの酷い嘘と裏切りを知ってからのほうが、生きているという充足感のある日々を過ごしている。

ブリジットの悪事の証拠を長兄に渡すことは、自分もまたブリジットと同じように裁きを受けるということだ。

だが私はそれを望んでいる。

フォスティーヌを蔑ろにしてきた罪に対する罰を、自分にどう科せばよいのか今の私は愚かにも分からない。それを長兄に委ねたいのだ。

馬車は王宮へ、そして私とブリジットの終わりへと静かに近づいている。




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