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【完結】領主の妻になりました  作者: 青波鳩子 @「婚約を解消するとしても~」電子書籍発売中!


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【17】考え事

 

アーサーとクライブ様が王都に向かって出発してから、数日が経った。

取り立てて変化のない時間を過ごす隙間に、どうしてもいろいろと考えてしまう。

クライブ様が、別邸ごと包み込むように大切にしていたブリジット様に騙されていたという話を。

あの夜アーサーとクライブ様から聞いた話に、ヘレナやピートから聞いた話を足せばおおよそのことが分かった。


名前だけの妻としてここオールブライトに住むようになってから、クライブ様と初めて話をした。寒くないかと気遣ってもらったり、これまでのことを謝ってもらったりしたのに、私は戸惑うばかりで嬉しいという気持ちがやってこなかった。

何よりそのことに自分で一番驚いたのだ。

もしかしたら、クライブ様はブリジット様を別邸から追い出すおつもりかもしれない。そうなればクライブ様は本邸に居を移す?

それもピンと来なかった。

クライブ様は今後のことを、すべてを新王陛下に委ねるとおっしゃったが、場合によってはクライブ様とやり直す可能性もあるのだろうか……。

そうすればここオールブライトに残ることができるのに、どういうわけか気持ちが明るくならない。

本当にどうしたというの……。


「奥方様、お客様がお見えです!」


ヘレナに呼ばれて玄関に急ぐと、モッカ婆さんが荷物をたくさん持ってニコニコしていた。


***


「突然すまないね、あたしの畑の麦を刈り取って貰ったというのにお礼が遅くなってしまって。これを受け取っておくれ」


「お礼だなんて、そんな……」


モッカ婆さんがテーブルの上に置いた箱を開けると、教会の窓のようなステンドグラスの美しいテーブルランプがあった。

それなりに裕福だった侯爵家に育ちさまざまな調度品を目にしてきたけれど、この美しいランプは麦の刈り取りのお礼にするには価値が高過ぎるように思えた。


「こんな素敵な物を……戴けませんわ……」


「少し前に治療のために王都に行ってね、ついでにもう戻らないからいろいろ整理をしてきたんだ。ほとんどの物は売るように頼んだ。このランプは前の前の国王様から戴いて、これだけはと持ってきた。価値の分からない者の手に渡るのは嫌だからねぇ」


モッカ婆さんはこの頃、指が震えることがありヘレナには音を鳴らしてしまいそうなソーサーのあるティーカップではなく、マグカップでお茶を淹れてもらった。モッカ婆さんは片手を添えて、包み込むようにしてお茶を飲んでいる。

前の前の国王様というと、ジェイラス新国王陛下やクライブ様の祖父に当たるお方だ。


「そのように大切な物を、尚更戴くことはできません」


「あたしの人生の残高がそんなに無いのは分かっているから、大切な物は大切にしてくれる人に託したいんだよ」


モッカ婆さんは目に強い光を宿してそう言った。


「……では頂戴することにします。大切に使わせてもらいますね」


「大切にと言って箱に入れてクローゼットの奥にしまい込むのじゃあなくて、毎日このランプの光が見えるところに、普通に置いてほしいんだ」


「それならあのテーブル上はどうです? 昼間は日差しが入って灯りを点けなくてもステンドガラスが綺麗でしょうし、夜は天井にガラス絵の影が美しく映りそうです」


「いいね、あそこに置いておくれ。ああこれで思い残すことはないよ……と言いたいところだけど、まだ大きいのがひとつ残っているんだ」


「まあ、それはなんです?」


「孫の結婚を楽しみにしてるんだ」


「お孫さんの結婚ですか。いいご縁があれば良いですね」


「後は時を待つだけだと王都で聞いたから、楽しみにしてるんだよ」


「そう言えば、王都のどちらにおうちがあるのですか?」


「ふふふ、あたしの部屋はお城にあったがそれを整理してきたのさ」


「まあお城に」


モッカ婆さんは物忘れが多くなってきたと、パン屋のおかみさんに聞いていた。

実際、エプロンを腰に巻いているのを忘れて、エプロンはどこだっけと洗濯籠を覗きに行ったなどと本人から直接聞いたこともある。

台所の火のことを忘れるなんてことがあったら大変だけど、まだモッカ婆さん自身も笑っていられるようなことで済んでいる。

王都での住まいはお城だなんていう話に、適当に相槌を打った。


「王さまが言うにはね、もうすぐ孫は領地を貰えるそうなんだよ。そうしたらお嫁さんを迎えるのではないかって」


「まあ、領地を! いいお話ね、モッカ婆さんも安心でしょう」


モッカ婆さんの妄想話が羨ましく思えた。

夫婦で新たな領地を治めていく。

自分もここオールブライト領に来た時はそう思っていた。

クライブ様との間に愛はなくても、表面上だけでも夫婦として領地のことをあれこれ相談しながら治めていくのだと、そう思っていた。

ところが、実際はお飾りの妻だった。

いや、それも違う、お飾りなのは領地のことを執事に任せきっている名ばかりの領主のクライブ様で、私はそのお飾り領主の『お荷物』に過ぎなかった。


「いやいや、結婚式の晴れ姿を見るまでは安心はできないよ。すまないが茶のお替わりをもらえるかねぇ」


「はい、少しお待ちくださいませ」


慌ててお茶を淹れに立ち上がると、モッカ婆さんは大きな独り言のように話し始めた。



***



モッカ婆さんにピートが焼いた青りんごのパイをお土産に持たせると、とても満足そうに帰っていった。

送りだしてから、食堂の椅子にぼんやり座り直す。

モッカ婆さんの話を思い出していた。



十歳になり王宮の神殿でお告げを聞く『神の乙女』に選ばれ、それから王宮で暮らしていたモッカ婆さんは、その時の王妃様にとても可愛がられた。

四年の任期が明けても、王妃様によって部屋を与えられて王妃様のお傍にいたという。

でも本当のところは、モッカ婆さんに帰るところがなかったからだった。


教会で暮らす平民の娘から『神の乙女』が選ばれるが、それは形骸的なもので『神の乙女』とする少女にいわゆる『聖女』のような特別な力があるわけではない。

十歳になった少女の中から一人を選び王宮の神殿に囲い、ひたすら祈りを捧げさせる。

そのことだけでもなかなかに酷い制度であるが、任期が明けて教会に戻るとちょうど十四歳の娘は、悪の手に堕ちた司祭などによって、慰み者にされてしまうことがよくあったという。

その当時の王妃様は教会改革に乗り出しており、『神の乙女』の救済も行った。

親の居ない子らの拠り所として存在するはずの教会が、子供たちに身寄りが無いのをいいことに悪事を働いていたのだ。

モッカ婆さんは、最後の『神の乙女』ということになった。

王妃様はその制度を撤廃し、それからは祈りを捧げる時間だけを定め、各々の教会で各々祈りを捧げる、それだけになった。


モッカ婆さんは、王妃様の護衛の騎士に見初められて結婚をして娘を産んだ。

子どもが生まれたことでモッカ婆さんの夫は王妃様の護衛騎士から、一介の騎士になった。

そして月日が流れ、一人娘も良縁に恵まれモッカ婆さんの孫となる息子を産んだ。

ところが幸せは長く続かず、モッカ婆さんの娘夫婦は不慮の事故で命を落とした。

その日、モッカ婆さんに預けていた孫を残して……。

モッカ婆さんのお孫さんは、今は若き王となったジェイラス陛下のご学友だったという。


もうすぐジェイラス陛下の戴冠式と結婚式が同時に行われる。

別の日にそれぞれこの規模の行事を行うのは税が余計にかかるだけだと、ジェイラス陛下は一度で済ますと発表なさっていた。

愚者であったとはいえ実父である前王を暗殺したことは、どうしてもジェイラス陛下に影を落とす。それを払拭して釣りがくるほど、戴冠式と結婚式の同日開催は国民に支持されることになった。

そのジェイラス陛下のご学友だったというモッカ婆さんのお孫さんは、たしかに婚約者すらいないのは年齢的にやや遅く、モッカ婆さんが心配するのも頷けた。


モッカ婆さんのお孫さんが少し羨ましかった。

親族に結婚を心配されるということは、幸せな未来を望まれているということ。

つい自分の境遇を引き合いに出してしまいたくなる。

母を亡くしてから、本当の意味で私の身を案じてくれる人はいるかしら……。

すぐにアーサーやピートやヘレナの顏が思い浮かんだ。


馬鹿ね……たとえお飾りでも、使用人が主人の妻を案ずるのは良い働き手なら当然のこと。

むしろ、使用人しか思い浮かばないことが寂しい。

いつまでも残像のように、頭にアーサーの顏が浮かぶのを慌てて消した。


夫であるクライブ様から『愛することはない』と言われたことよりも、亡き母以外に私の未来が幸せであれと願ってくれる人がいないということが、私の心にいつも影を落としていた。



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