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【完結】領主の妻になりました  作者: 青波鳩子 @「婚約を解消するとしても~」電子書籍発売中!


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【14】街の酒場と沸き立つ血 *クライブ視点

 

アーサーが手に入れたという、街を歩く者たちがよく着ている服に二人で着替える。

ゴワゴワしたズボンはウエストが緩く、それをサスペンダーで吊る。

ハンチングを渡されて深めに被った。


「いいですね。感想を言わせていただけるなら、カッコつけているけど実力が伴っておらず確実に親の財産を食い潰しそうな下位貴族の嫡男っぽさが出せています」


「感想と最初に言えば、どさくさに紛れて私の悪口を言ってもいいと思っているな?」


「私も、借金で首が回らなくなって今夜の酒代を払ったら故郷を捨てて逃亡するしかない男、という感じが出せていると思うのですがどうでしょうか」


「よかったな、狙い通りに仕上がっていると思う。その胡散臭いヒゲが特にいい」


これからアーサーと二人でブリジットが執事のダレスと行くだろうという酒場に向かう。

そこは高テーブルがあって椅子が無い立ち飲みスタイルの店だそうだ。

歩くことができずどんな時も車椅子で移動するブリジットが、本当にそんな店にやってくるのか。

今日のところは、二人を見つけても声を掛けることはしないとアーサーと取り決めた。

その後、ブリジットの部屋にダレスを引っ張り込むところまでを確認する必要がある。

そちらも踏み込んだりはしない。

まずは確認が大事だと、アーサーは私に何度も言った。

頭に血が上っても声を掛けないでくださいとしつこいくらいに念を押された。



すっかり日が落ちた街の中をダラダラと歩く。アーサーは少し前屈みになってガニ股で歩いている。普段はスマートで姿勢のいいアーサーだから、歩き方からして別人にしか見えない。


酒場のドアを押して中に入ると、タバコとアルコールを混ぜてこもったような臭いがした。

店内はすでに程よく混み合っており、二人の男性客がテーブルを使っていたところに割り込むような形で場所を確保する。

アーサーがテーブルで蒸留酒を二杯注文して金を払う。

すぐに運ばれた蒸留酒のグラスを互いに持って、とりとめのない話をしている──ふりをする。

アーサーの右の後方奥のテーブルに、ダレスがいた。

いつもは掛けていない眼鏡をしているがすぐに判った。

そしてその隣には、赤く巻いてある髪を高い位置で結っていて化粧が濃く、口元に見慣れぬほくろがある女がいる。

変装をしているつもりだろうが、間違いなくブリジットだ。

あの赤い髪はカツラなのだろうか。

見たこともない黄色のブラウスを着ている。ボタンをいくつも開けて、胸元が覗き込めそうなくらいだ。

ダレスの唇に指先を押し当てたりダレスのグラスから酒を飲んだり、ずいぶんと親しそうだ。

いや、あの様子の男女を見たら深い関係だと誰もが思う。

他の男から下品な声を掛けられて、ブリジットは手をヒラヒラさせて笑顔であしらった。

ブリジットとダレスの会話に耳を傾ける。


「今夜もアレは王都に泊まるそうよ。私はこんな田舎に閉じ込められているというのに、アレは王都で楽しんでくるなんていい身分よね」


「実際いい身分だからな。そんなにここが嫌なら帰ればいいじゃないか。王都には素敵な実家があるのだから」


「それができればこんな寒いド田舎に居たりしないわ。王都の真ん中にはあの悪魔みたいな男がいるのよ? 

金を横流しさせるいい方法を教えてやったのに、あのバカが悪魔にバレたりするから。悪魔は私をまだ疑っているの。今は王都に戻るわけにはいかないのよ、本当に忌々しいやつよ。あのバカが処刑されたら戻ってやるわ。死人に口なしというじゃない?」


「どこまで恐ろしい悪女だ。その悪魔の弟君にお姫様のように扱ってもらっているっていうのにまだ文句があるのか」


「その悪女の肌を愉しんで、ご主人様を裏切っている悪党にそう言われるとは思わなかったわ」


「今夜もよろしく頼みますよ、お姫様」


「太り気味の侍女と手を切ったと言うなら、よろしくして差し上げてもいいわよ?」



アーサーに『頭に血が上っても声を掛けないでください』と念を押されたが、ブリジットとダレスのあんな会話を聞いても、不思議と頭に血が上ることはなかった。

指の骨が白く浮かぶほど強く握りしめているアーサーの拳の上に、ふざけるように蒸留酒のグラスを置く。

手を離したらこぼれてしまうのでグラスは私が持ったままだが。

アーサーは私の目を見てハッとして拳を解いた。


ブリジットに騙されていたことが分かったのに、冷静な自分に驚いている。

腹が立つよりも、これからあの二人をどうしてくれようかと、それを思って血が沸き立つような感じだ。

ブリジットが『悪魔』と呼んだ長兄と同じ血が半分と、『バカ』と蔑んだ次兄と同じ血が私にも流れていて、それが静かに沸点に近づく。

そして私のことをブリジットは『アレ』と呼んでいた。

私もフォスティーヌのことをアーサーの前でそう呼んでいたのだ。

私とブリジットは愚かさにおいて似た者同士だった。


そして私が一番確認したかったもの──。

ブリジットはひざ丈のスカートを穿き、足元は白いヒールの靴を履いている。

足をクロスさせて立ち、どこも悪そうには見えない。今すぐスキップもできそうな美しい足だった。

アーサーも小さく頷くようにしていた。

ブリジットのすべてを確認できたのだろう。


私は最初の一杯を飲み干すと、お替りを二杯頼んで金を払う。

それがテーブルに届けられると、先にこのテーブルに居た二人に奢りだと伝え、アーサーと共に店を出た。


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