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世にも奇妙な短編集  作者: お布団
7/10

暗黒の能力者、今日も悪を成敗する。

倉庫のようなダンジョンの片隅で、俺は一つ、大きくため息をついた。



「……ふぅ」



学園の地下に点在する訓練用ダンジョン。

そのひとつで、今まさに俺は孤独な時間を満喫している。

もっとも、“孤独”を選んでいるのは俺自身だが。



ここは初級~中位クラスのダンジョンで、

出てくるモンスターはゴブリンやスライムといった、

いわばRPG初心者セットのような連中が中心だ。

たまにオークやオーガみたいなイレギュラーなやつも出てくるが、

まあ、彼らは彼らでいいカカシになる。



このダンジョンの特徴をひとつ挙げろと言われたら、間違いなく「広さ」だろう。

地下三階建てというコンパクトな構造ながら、

横幅だけは無駄にある。しかも、石造りの壁と天井が視覚的な奥行きを生み出していて、

どこまでも続いているような錯覚すら覚える。



「……ま、静かでいいけどな」



もちろん、こんな場所にわざわざ来る理由がある。



誰にも見られず、思う存分戦えるからだ。


騒げば誰かに見つかる? 

それはごもっとも。でも、俺にはその“騒ぎ”を帳消しにするスキルがある。



「《結界》」


軽く呟けば、

俺の周囲――おおよそ半径五メートルを包む半透明のドームが現れる。

これは俺のオリジナルスキル、《結界》。バリア内で起きた音は外に漏れないし、

視覚的にも軽くぼやけて見えるため、

相当近づかないと気づかれない。



つまり、この中は完全なる“俺空間”。



「ある日~♪ 森の中~♪ クマさんに~♪ 出会った~♪」



誰にも聞かれないと分かれば、つい気も緩む。

歌い出したくなるのが人間の性だ。

誰もいない、誰も聞いてない、そう思っていた。



「……上城くん?」



「ッ……!」



間の抜けた声に振り返ると、そこには制服姿の女子が一人。

肩までの黒髪に黒縁眼鏡、やや気弱そうな表情――村上さくら。

俺と同じクラスの、生真面目でちょっと不思議な女子だ。



「えっと……上城くん、だよね?」



ああ、うん。そうですけど。



だが、待てよ。



俺の《結界》は発動中だ。

音も視界も遮断されているはず……ということは。



「まさか……俺が《結界》を張る前から、結界の中にいたのか?」



「うん。声をかけようと思ったんだけど、いきなり歌い出すからびっくりして……」



うわ……よりにもよって、あの歌、聞かれた……。



「……で、俺に何の用だ? まさか、カラオケのお誘いじゃないだろうな」



「ち、違うよ。あの……上城くんの《結界》を、ある場所に張ってほしくて……」



「……モンスター対策か?」



「ううん。えっと……ある人と、ふたりきりになりたくて。

そのやり取りを、見られたくないし、聞かれたくなくて……」



なるほど。



そういう使い道も……なくはないか。



「いいけど、《結界》は俺が中にいないと張れないぞ?」



「……だから、これ」



彼女が制服のポケットから取り出したのは、

ピンク色の耳栓とアイマスク。



「これ、つけててくれれば……見えないし、聞こえないし、大丈夫、だと思う」



……いや、いやいや。


「……うーむ。せっかくつけるなら、

もっとスタイリッシュなデザインの方が俺好みなんだが」



俺が苦笑いしながら耳栓とアイマスクをまじまじと見つめていると、

村上が、申し訳なさそうに視線を落とした。



「……ごめんね」



村上とは特別仲がいいわけでもなく、話した回数は両手で足りる程度だ。

おとなしめな性格に黒縁眼鏡、

見た目は清楚系。

俺の中での彼女の印象は「目立たない優等生」で完結していた。



しかし――

俺は女子の頼みを無碍にできない、そんな人間に成り下がってはいない。



「謝るなよ。俺にできることなら、手を貸すさ」



そう言って軽く笑ってやると、彼女の表情がふわっと緩んだ。



それは、たぶん初めて見る彼女の笑顔だった。



一瞬、心臓が跳ねたような気がしたけど――いや、気のせいだ。

俺は孤高の魔術師見習い、女にホイホイ心を許すような安っぽい男じゃない。



「で、どこに《結界》を張ればいいんだ?」



「ついてきて」



そう言って、村上は俺の手を取った。

細くて柔らかい手が、俺の手を引く。

ほんの少しだけ震えているのが伝わってきた。



……なるほど。

これから《結界》の中で、誰かに告白しようとしてるんだな。

そんな緊張を、手が物語っている。



俺の推理はたぶん、間違ってない。



彼女は何も言わず、まっすぐ歩き続ける。

その背中が、やけに静かだった。



「――上城、どこ行くんだ?」



そこへ、間の悪いタイミングで割って入ってきた声が一つ。



振り返ると、クラスメイトの闇倉徹やみくら・とおるがこちらを見ていた。



高身長、整った顔立ち、成績は常にトップ。

もし“全国の女子高生が選ぶ理想の彼氏ランキング”なんてのが存在したら、

彼は間違いなく三冠王だろう。



そんな男が、わざわざ俺に声をかけてきたのだ。


「村上……上城とどこ行くんだ?」



その問いに、村上はなぜか俯いて沈黙した。



……なるほど。そういうことか。

やっぱり、告白相手はこいつ、闇倉徹。



俺の中でピースが一つ、カチリと音を立ててはまった。



「気になるなら一緒に来て……」



村上の小さな呟きが、静かな空間に溶けていく。



そして俺は気づく。

周囲には俺たち三人以外、誰もいない。

モンスターの姿も、今はなぜか見当たらない。



つまり――舞台は整った、というわけだ。



「村上、ここで《結界》を張ったほうがいいんじゃないか?」



俺がこっそり囁くと、村上は首を横に振る。



「……ダメ。外がいい」



どうやらダンジョンの外に出るつもりらしい。

まあ、確かに建物の中より外のほうが空気は美味いし、

開放感もあるけどさ……。



せっかく3人そろってんのに、また移動するのかよ。



心の中でため息をつきつつも、村上の手はしっかり俺の手を引いていた。



ふと横を見ると、闇倉の表情に微かな違和感を覚える。



普段は何を考えてるのか分からないやつなのに、

今は……少しだけ、怒ってるように見える。



その視線の先を追うと、見ていたのは――

俺と村上のつないだ手だった。



……ははーん。お前、それが不服って顔か?



ってことは――まさか、こいつ、俺に嫉妬してる?



……いや、そんなわけない。気のせいだ、きっと。



俺は目線を逸らして、無言で歩く村上の背中へと視線を戻す。




十五分ほど歩いたところで、俺たち三人はダンジョンの外に出た。



周囲にはもう誰もいない。

きっと他の生徒たちはとっくに帰ってしまったんだろう。

曇り空からは弱い風が吹きつけていて、草木がざわざわと揺れるたびに、

空気に一瞬、緊張のようなものが走った。



なんていうか、こう、不穏ってやつだ。



「村上、ここでいいんじゃないか?」



草も生えてない空き地のような場所で立ち止まり、俺は彼女に声をかける。


彼女は周囲を一通り確認し、それから静かにうなずいた。



「……うん、わかった。ここで、お願い」



その直後だった。



「おい、何をしようとしているんだ」



険しい声が飛んできた。



闇倉が俺の肩をガシッと掴んで揺さぶってくる。

こいつがここまで感情を出すのは珍しい。



「落ち着け、闇倉。村上が、お前に話があるって言ってた。ちゃんと聞いてやれ」



俺は宥めるように言う。



「……話ってなんだよ」



「わからない」



もちろん、わかってる。



でも、「これから村上があんたに告白します」なんて、

当人の目の前で宣言できるほど俺は空気の読めない男じゃない。



会話を打ち切るように、俺は《結界》を発動した。



半径五メートル、音も視線も遮断する俺だけの空間。

三秒もしないうちに、村上と闇倉はその中に入っていった。



そして彼女が俺の方を振り返り、ジェスチャーを始める。



耳に両手を当て、目元を覆う仕草。



ああ、なるほど。アイマスクと耳栓の出番ってわけだ。



俺はさっき彼女から受け取ったピンク色のそれらを取り出し、無言で装着した。



――見えない。

――聞こえない。



それはつまり、俺という存在が、この空間から一時的に「消えた」に等しい状態。



ふたりは、いま何を話しているんだろう。



……ってか、周囲に誰もいないなら、これ結界張る意味あったか? 

いや、確かに誰かに見られたら困る内容かもしれないけど、

どうせなら俺も離れてりゃよかったんじゃ……。



なんて考えながら、俺は心の中で小さくため息をつく。



そのとき――



バリーンッ!



――明確な破裂音が、耳栓越しに突き刺さった。



ただの音じゃない。

俺の《結界》が、破られたときの音だ。



「ッ……!」



思わず立ち上がる。



……見えない。聞こえない。

あ、そうだった。

俺は慌ててアイマスクと耳栓を取り外した。



そして目に飛び込んできた光景に、俺は言葉を失った。



「……やみくら、く……ん」



村上が、震える声で闇倉の名を呼んでいた。



瞳には、今にもこぼれ落ちそうな涙が溜まっている。



彼女の身体を、支えるようにして座り込んでいる闇倉。

その姿もまた、ただならぬ様子だった。



「……襲って、ごめんなさい」

泣きながら、村上がそう言った。



……襲った? 

村上が闇倉を?



それ、どういう――



「……ちょっと待て、どういうことだ?」



俺は思わず口に出していた。


「あ、ああ」



闇倉が口を開いた。


その顔には、どこか気まずそうな色が浮かんでいる。



「村上が……なんていうか、その、血を吸わせてほしいって言うから。

それで驚いて、結界に向けて攻撃しちまったんだ」



「……血を吸わせろ? 村上が?」



「そうだ。俺もびっくりした。けど……もしかしたら村上は」


「吸血鬼!?」



俺の言葉に、村上が小さく、けれど確かにうなずいた。



「……いままで黙っていて、ごめんなさい」



「君には君の事情がある。

……俺のほうこそ、気づいてあげられなくてごめん」



どこか遠くを見つめるような闇倉の言葉。


思ったよりも、ずっと優しい声だった。



「村上……君は血を吸いたいがために、俺たちを結界に入れたのか?」



俺は真っ直ぐに村上の瞳を見据えた。



あの時、彼女の手が震えていたのは——恐怖からか、それとも、飢えからか。



「上城、許してやってくれ。

彼女は……それだけ空腹状態だったってことだ」



「ごめんなさいっ……!」



バシッ。



村上が闇倉を突き飛ばした。



「村上!」



呼びかける声もむなしく、村上は涙を拭いながら、森の中へ駆け出していった。



「……追いかけてくる」



そう呟くと、闇倉もまた、彼女の後を追って森の闇へと消えていった。



——スッ。



俺は上着のポケットから一本のナイフを取り出す。

刃渡り十センチ、特殊合金製。

魔物にも通じる、術式入りのやつだ。



「……まだモンスターがいたとはな」



皮肉めいた声を自分にだけ聞かせて、俺は森の中に足を踏み入れる。



冷たい風が頬をなで、ざわざわと木々が揺れる。



ふと足元に目をやると、二人分の足跡が泥の上にはっきりと残っていた。



「こっちか……」



俺が見つめた先。

そこに、二人はいた。



モンスターに寝返った裏切り者・闇倉。


人間のフリをしていた化け物女・村上。



ナイフを握る手に力が入る。



——こいつらを仕留めれば、学園での評価はうなぎのぼりだ。



なにより、逃げられるのが面倒くさい。



……だったら、今は「友人」のふりをして近づくべきだ。





「闇倉! ここにいたのか!」



「……ああ、上城。村上のことなんだけど——」



「なにも言うな。俺だってバカじゃない。

村上が血が必要だっていうなら……ほら」



俺は持っていたナイフを構え、その刃を闇倉の喉元へと突き出す——



「だめっ!!!」





村上が俺の右腕に噛みついた。



その衝撃で、ナイフが手から滑り落ちる。



「上城……お前、今なにを……」



裏切り者が、声を震わせていた。



「……裏切り者は消さないと」



ぽつりと、本音が漏れた。



——バケモノを殺し、裏切り者を粛清する。


そうすれば、学園は俺をどう評価してくれるだろう。


賞賛。

栄誉。

英雄の称号。



その全てが手に入るに違いない。


ふと視線を前に戻すと、村上が闇倉の体を支えながら歩き出していた。


逃げ場のない足取り。

俺ならすぐに追いつける。



橋だ。


頼りない木製の吊り橋の真ん中で、闇倉が立ち止まった。



その手には、ナイフ。



「俺には結界がある、闇倉。お前には何もない。


そのナイフも、俺の手に戻るだけの話だ。悪あがきはやめろ」



「闇倉くん! 逃げよう! 戦っちゃダメ!」



バケモノが叫ぶ。


息が荒く、苦しげな表情をしている。


人間のように振る舞うその姿が、どうにも気に入らなかった。



「上城……お前は俺を殺そうとした。俺だけじゃない。村上も——


だから……こうするしかない!」



ザンッ!



闇倉がナイフで橋のロープを切った。



バランスを崩した俺の体が、グラリと傾く。



「……ッ!!」



重力に引かれ、真下の川へ落ちていく。



でも大丈夫だ。結界を張ればいい。

結界さえあれば——


——

ズドンッ!!



水面に叩きつけられる衝撃。


肺に水が流れ込み、意識が白く濁る。



そうだった。


俺の結界は、“周囲を遮断する”だけ。


音も気配も、視覚も。

でも……防御は、できない。



この瞬間、俺は身をもって学んだ。


守るべきだったのは、自分の尊厳じゃない。



——攻撃から身を守る結界だということを。

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